食品衛生行政について

道野監視安全課長

5月18日の定期総会終了後道野監視安全課長に「食品衛生行政について」のテーマでご講演を頂きました講演録を掲載させて頂きます。なおこの講演録は道野課長のご了解を得て行った録音を基に書き起こしたもので文責は事務局にあることを最初にお断りしておきます。また編集上の理由から実際の講演の項目の順番とは異なっているところがございます。(TF)

パート1

(現在進行中の重要案件であるHACCPとこれに関連した輸入食品の安全確保対策及び輸出対策について冒頭の補足も踏まえて道野課長のご講演をまとめたものです)

1 HACCPの普及促進体制及び制度化について

現在HACCPは標題にありますように制度化、ある意味で、義務化を進めて行くための検討を進めております。皆様よくご存知のように1995年に導入された総合衛生管理製造過程承認制度において、乳業界は先進的な取組をされており、今後の他の食品産業業界のHACCP導入についてもその経験を生かして指導的な役割をお願いしたいと思います。一方でHACCPを導入された企業の方からは導入には「ヒト、モノ、カネ」が必要だとのコメントも頂いております。しかしながら何度か申し上げておりますようにHACCPそのものはハードウェアではなくソフトウエアでありまして、従来の設備の更新時に設備投資としてのハードウェアの更新と時機を一にして行うというやり方ばかりではなく、既存設備の活用での導入も可能であることもご認識頂ければ「HACCP導入はお金がかかる」という先入観は払拭できるのではないかとも考えている次第です。

昨年度行われたHACCP普及に関する主な事業の実績及び今後の予定は以下の通りであり、地方自治体等において各種の取組が進められておりますが、導入状況について言えば現状販売額100億円以上の大手規模層では導入率が高いものの、販売額50億円未満の中小規模層ではまだまだというのが現状です。

 HACCP普及に関する主な事業の実績および今後の予定 国内のHACCP導入状況

民間団体によるHACCP認証等の取組

一方で民間団体のHACCP認証等の取組は国際標準化機構等の団体や業界団体が独自に定めた複数の規格による認証がご存知のようにかなり進展しております。厚生労働省ではHACCP普及推進地方連絡協議会において各方面から制度化についてのコメントやご意見を頂いておりますが、その内容はロードマップを含めた食品衛生法上の義務化の必要性、推進のための人材の育成、ハード重視でない正しいHACCP理解の醸成、現在の総合衛生管理製造過程承認制度も含めた各種認証制度の調整、統一の可能性、中小規模層のHACCP導入に関するシステム構築の困難さといったところであると理解致しております。

 第1回HACCP普及推進地方連絡協議会における意見・質問 第1回HACCP普及推進地方連絡協議会における意見・質問

厚生労働省ではこれらのコメントやご意見の対応を進めるために従来の施策にさらに加えて実際のHACCP導入の際の行政側の重要な鍵になると考えられる、食品衛生監視員の方々に対する研修プログラムや、本年3月よりHACCP制度化の検討を進めるため、食品衛生管理の国際標準化に検討会を立ち上げて制度の検討を進めております。当該検討会には各種の事項の検討をお願していますが、その主な検討事項には総合衛生管理製造過程承認制度のあり方やHACCP制度化後の「内外無差別の原則」に依る輸入食品の食品衛生管理がその適合の確認や監視の方法などがとりあげており、意見募集も含めて平成28年12月には最終とりまとめが行われる予定です。

 食品衛生管理の国債標準化に関する検討会 食品衛生管理の国際標準化に関する検討会 主な検討事項

食品の製造過程の管理の高度化に関する臨時措置法

一方農林水産省との共管で実施されている食品の製造過程の管理の高度化に関する臨時措置法に基づく各種施策や、従来行われてきた対米、対EU向け輸出水産食品に対する認証制度についてもHACCPに直接関連しないものも含めて見直しを進めていく予定です。

2 輸入食品の安全確保対策

 監視体制の概要 輸入時における検査制度

国別検査命令対象品目(平成28年4月現在抜粋)

TPPの大筋合意もあり、輸入食品の安全性確保についての議論が高まっていることはご存知かと思います。現在日本における監視体制の概要は輸出国対策、輸入時対策、国内対策の三層から構成されていますが、食品の製造に携わっていらっしゃる方であればご理解頂けるように(輸入時の)検査だけが有効な対策ではありません。むしろHACCPのように輸出国の製造段階で適切な管理が行われていることを確認することの手段として各種の検査を含めた輸入時の対策が行われるべきと理解して頂いてよろしいと存じます。一方で健康被害の発生のような重篤かつ緊急な諸問題に対処するための厚生労働大臣による検査命令による国別対象品目別の対策は輸出国の再発防止策の確立等違反食品が輸出されるこのないことが確認されるまで継続されます。

3 輸出対策

ご存知のように政府は2013年6月に閣議決定された日本再興戦略を2014年6月に改定し、そのなかで2020年の農林水産物・食品の輸出額目標1兆円の実現を目指すとともに海外の安全基準に対応するHACCP普及の目標達成のための各種の体制整備にも言及しています。しかしながら輸出促進のための二国間協議等のなかで、「国産は安全安心」という国内の一般認識とは裏腹にHACCPの義務化が終了していない日本は国内市場向けには不要な検査を輸出向けには行わなくてはならないという逆説的な状況も発生しております。また農林水産省の農林水産業の輸出強化戦略のポイントには民間の意欲的な取組を支援する「7つのアクション」が明記されており厚生労働省としてはそのうちの国内輸出手続手順の改革の一環として衛生証明書関連の発行手続きの簡素化・迅速化に取り組んでいます。

 成長戦略における輸出促進とHACCP 農林水産業の輸出力強化戦略-ポイント-

パート2

ここからは安全性に関する規制が有効に働き事態が沈静化しているなかでこれを「通常の」状態として終息させていくことの難しさについて2つの例をお話したいと思います。

1 放射性物質対策

東日本大震災発生後原子力災害本部において策定された食品中の放射性物質に関する検査計画は何度か改定され、2016年3月現在の最終改定において対象品目もかなり減少しているのですが、消費者の「安心」を担保するためとして一部の量販店等向けには生産者はこれ以外の品目に対しても検査を実施しているのが現状です。一方でこれまでの対応の経緯を検討すると、原発事故から5年が経過し食品中の放射性物質濃度も全体として低下し、出荷制限等の設定も減少し、基準値を超える品目も限定的です。しかし検査のあり方の変更については消費者を初めとする関係者の理解が得られることが前提としてリスクコミュニケーションの推進等を行い本年の早い時期の新たな検査体制の方向性やその時期を検討するとされました。

 食品中の放射性物質への対応の流れ ガイドラインの見直しについて

2 BSE対策

端的に申し上げるとBSEに関する全頭検査の廃止を昨年の12月に食品安全委員会に対して諮問しています。世界のBSE発生件数の大幅な減少、日本においては生後7-8年を経過した一例のみの発生が2009年に報告されて以来発生もなく、2013年OIE(World Organization for animal health 国際獣疫事務局)総会で「無視できるリスクの国」と認定されており、リスクに応じたリスク管理が行われるべきと判断しました。検査対象月齢とSRM(Specified Risk Material 特定危険部位)の範囲について具体的に諮問しています。

 BSE対策の経緯 食品安全委員会への食品健康影響評価の諮問内容(平成27年12月1日)

パート3

最近の食の安全についての課題についてお話しします。

1 食中毒対策について

食中毒事件の発生状況

まず食中毒事故の発生状況ですが、ここ5-6年は残念ながら「下げ止まり」の状況にあります。この状況を原因別に分析するとノロウィルスと後程お話しするカンピロバクタ―が大きな割合を占めています。ノロウィルスについては今迄の食中毒対策だけでは不十分な点もあり、また科学的に検証されていない部分もあるので地方自治体にその対策の検証につき協力を求めました。また本年とくに増加しているものに高齢者による有毒植物の誤食があり、地方自治体の協力を頂いてリーフレットなので注意喚起を図っているところです。

 食中毒対策の推進について (参考)注意喚起のリーフレット

2 カンピロバクタ―対策

カンピロバクタ―による食中毒は鳥肉の生食あるいはその調理段階で処理を原因として発生することが多いのですが、現在食鳥生産県の4自治体のご協力を頂いて処理段階では殺菌剤を現行の次亜塩素酸ナトリウムから他の食品添加物として許可を得ている物質に変更し殺菌効果を上げる、生食について湯通しや冷凍処理の有効性を確認する実証事業、研究を行っているところです。

 食鶏肉における微生物汚染低減策の有効性実証事業 食鶏肉における微生物汚染低減策の有効性実証事業

3 ふぐの肝臓の取扱いについて

本年2月に佐賀県及び県内事業者から提案のあった養殖トラフグの肝臓の可食化については食品安全委員会にそのリスク評価を依頼しましたが、これによってすべてのトラフグの肝臓が可食になるという誤解がないようにQ&Aを公開しました。トラフグの肝臓の毒は外因性という学説があるなかで養殖であるなら無毒という研究者の情報発信からこのような提案があったと思われます。今回依頼したリスク評価はあくまで提案者のレストランに限定して提供する場合の安全性についてのリスク評価を求めるものでありますが、こういった研究者の情報発信はその社会的影響を十分に考慮して行われるべきと思われます。

以上