食の未来を創る
 「乳製品を中心とする食品容器開発とその背景について」

公益目的事業としては最後となる第8回日本乳容器・機器協会オープンセミナーは昨年の11月22日ホテルモントレ半蔵門で開催されました。100名を超える参加者を前に上田会長理事の開幕の辞、厚生労働省の監視安全課道野課長の来賓挨拶と食品衛生法改正に関する貴重な情報提供に続いて、2名のスピーカーからの講演が行われました。本号では前半の太田進サムズパッケージング研究所所長の「乳製品を中心とする食品容器開発について~食品衛生法改正(容器包装のPL化を見据えて)~」の抄録をお届します。なお本稿は講演者のご許可を頂いた録音から書き起こしたものですが、文責は事務局にあることを申し添えます。(TF)

はじめに

 サムズパッケージング研究所の太田と申します。まず簡単に自己紹介をさせて頂きます。私は1977年に旧明治乳業に入社致しました。2009年に旧明治製菓と旧明治乳業の経営統合、2011年の事業再編による(株)明治とMeiji Seikaファルマ(株)の誕生を含めて約30年間、食品のパッケージ開発に携わって参りました。その後、参与を経て本年退職し、サムズパッケージング研究所を設立致しました。という訳で本日のお話も明治乳業及び明治での貴重な経験に基づいたものであることを最初にお断りさせて頂きたいと思います。
 ホームページでご覧になった方も多いと思いますが、明治グループ理念体系にあるグループ理念のなかで、私たちの願いとして「私たち明治グループは『食と健康』のプロフェッショナルとして常に一歩先を行く価値を創り続けます。」としています。これはこれからお話する食品容器開発にも適用されることですが、「お客様の明示的なニーズに対応することに加えて潜在的なニーズを、シーズ開発により顕在化させることによって新たな価値を提供する」という意思の表明であります。

容器開発の考え方

 私が在籍した部門の考え方をベースにしたものですが、容器包装はお客様とその商品の最初の接点であり、その発信する情報は商品選択の重要な要素のひとつとなっています。従来、容器包装の機能とされてきた製品の保護、輸送適性、商品内容の表示に加えて、少子高齢化、環境問題など外的環境の変化によって、特にユニ―バサルデザインを必要とする社会的要求が増大し、この分野の容器開発を強化する必要があったのです。お客様がパッケージに求めるのは、商品の保護性、利便性、商品伝達性を満たすこと。しかし、これらは「当たり前」のことであり、お客様は無意識に使っています。無意識の中にも、そのどこかに満足感や心地よさが残る「ストレスフリーに使える容器」。こんな容器の開発が本質で、これが快適性という価値が提供できる原点なのではないでしょうか。

開発事例の紹介

明治おいしい牛乳の新容器 とシェルフレディパッケージ

 まず皆様はよくご存知のこととは思いますが、日本の酪農乳業の現状と乳製品市場の動向にごく簡単に触れておきたいと思います。高齢化や後継者問題、そして為替変動の影響を受けやすい飼料価格の高騰など、酪農経営は厳しい状況が続いています。残念ながら国内生乳生産量はピーク時の約850万トンから100万トン程度減少し、酪農家の数も平成2年と26年を比較して3分の1に減少しています。乳製品市場においても牛乳類の減少に歯止めがかからず、成長が期待できるのは発酵乳つまりヨーグルト関係ですが、乳価の上昇基調もあり、決して高い利益率を望める分野ではありません。そして生乳流通の新たな仕組みの導入や乳価交渉への入札制度の導入など外的要因の変化にも目が離せない状況です。

 こういった状況の中で2002年に飲用牛乳の活性化を目標として「おいしい牛乳」は発売されました。この時、容器は従来と同じ屋根型のゲーブルトップ容器でした。その「おいしさ」から製品そのものは市場で評価され好調に推移したのですが、ゲーブルトップ容器に入った牛乳類は、採算性に問題があり事業の再構築が急務でした。この課題克服に向け、容器からもアプローチしました。ゲーブルトップ容器は昭和40年代に登場したのですが、当初は「開けにくい」容器の代表選手のような評価を市場で受けておりました。お客様の「慣れ」もあり一時期落ち着いていたのですが、急激な高齢化の進展も影響して、最近では、また開封性に関する指摘が増えてきました。そこで、開封性、再封性に優れ新規性も高いおいしい牛乳の容器開発を開始しました。容器としてはテトラパック社のテトラブリックウルトラエッジを、外包装にはシェルフレディパッケージを採用しました。

 容器の採用にあたっては、要求品質を明確にして現状の容器と採用候補の比較を行いました。オープニングについてはプルリング方式の内蓋とオーバーキャップの組み合わせで開封性と再封性の問題の解決を図りました。しかし、テトラ社で新容器が開発されたからといって、オリジナル容器のままでOKというわけにはいきません。明治独自の要求品質の実現、具体的には持ちやすさ、注ぎやすさ、サイズインプレッション(容量感)の実現のために、その改良改善に苦心しました。ここが、容器開発技術者の腕の見せ所と言えるでしょう。容器のユーザビリティ性の評価には、表面筋電位測定により、より客観性のある評価を、密閉性の向上には、皆様も健康診断で経験されるCTスキャン技術を初めて導入しました。
 また、プルリングの強度設計においては、開封強度と破断強度の定量的な測定に加えて、これも初めてコンピュータシミュレーション技術により、形状設計変更を検証し、実用的な改善を行いました。
 今回の開発のもう一つのポイントは、外包装にシェルフレディパッケージを採用したことです。牛乳容器の外包装は、リユース使用のプラスティックコンテナーを使用しています。でも、おいしい牛乳の新容器の形状は屋根型容器のように天面に掴み代がないので、従来のコンテナーでは取り出し性に難点がありました。三方が開くシェルフレディパッケージはこれを解決するのに好都合でした。


 プラスティッククレートと従来型の段ボールとの3点比較評価の結果がこれを実証しています。また、シェルフレディパッケージは人口減少による人手不足の進行や、店頭オペレーションコストの上昇に対応し、図のようなメリットがあり、また既にアメリカでは店舗で実用化が始まったRFID(Radio Frequency Identifier,)を使用したレジなし店舗への対応も可能となります。軽量リターナブルびんを使った宅配には、現在でもリターナブルなプラスティッククレートが適していますが、オープンマーケット向けの牛乳市場では、賞味期限延長技術の確立により流通の広域化が進捗しており、今後この外包装は注目を浴びると思われます。


開発事例紹介まとめ

 これまでお話した事例や私の経験から食品容器開発に際して留意すべき事項を、図のように列挙しました。私は特に最後の「中身の技術革新と新容器開発」の組み合わせが有効に機能することが重要と考えております。

安心・安全の取組

 2000年に食中毒事件から食品メーカーは多くのことを学び、その安心、安全の取組を強化してきました。2000年代の後半からの食の不祥事の特徴は、IT技術の進展により、個人もSNS経由で従来のマスメディアのように情報発信が可能となったことです。

 この図は食品産業センターの「食品企業の事故対応マニュアル作成の手引き」からとったもので横軸に被害の規模、縦軸に健康へ影響をとったものです。たとえば「異物混入」は被害の規模も健康のへの影響も少ないものとされていますが、SNS等で取り上げられた場合の社会的影響は大きなものになります。よしんば法的な規制に抵触していないとしても企業としてのコンプライアンスやISO9000シリーズで求められていることは、遵法は当然のことであり、それ以上の品質に関する取組が求められているわけです。
 容器包装では、異物混入より影響の大きいのは、化学物質による健康被害ですが、食品容器包装から食品への化学物質の移行を原因とする事故は現在まで発生しておりません。


 乳等省令は昭和26年の制定当時、特に弱者である乳幼児や病人に対する貴重な栄養源である乳や乳製品の安全性を担保するためという視点で作られたと聞いていますが、昭和34年に制定された告示370号との整合性に分かりにくいところがあり、またその後の改正で「屋上屋を架す」傾向があり複雑になっているきらいがあります。告示370号がその材質別に基準を設定したものでいわゆるネガティブリストによる規制ですが、乳等省令は牛乳類(いわゆる第1群)、発酵乳・乳飲料(いわゆる第2群)、調製粉乳の製品群別に「ポジティブリスト的」な規制となっており、その規格値が370号のそれと比較して数値的は約半分と厳しくなっています。この「ダブルスタンダード」がある種の「新規参入障壁」になっていたことも一面の事実ではあるとは思います。現在進められているポジティブリスト化の背景には、グローバル化によりボーダレスに移動する食品が増加し、グローバルには主流となっているポジティブリストと「ハ―モナイズ化」を図り、その食品の安全を確保し、付随的にアベノミクスの成長戦略による日本からの食品の輸出の増加も図りたいという背景があるようです。


 なお「規制に関する検討会のとりまとめ概要」によれば規制の対象は合成樹脂とされており、それ以外の材質については引き続き検討されることになっています。一方でアメリカ(FDA)とEUのポジティブリスト制度にはFDAの原材料管理と呼ばれる樹脂添加物質による規制とEUの溶出量規制という「入口」と「出口」による違いがありますが、日本がどちらの手法をとるかは検討中とされています。


 私が一番気になっているのは、とりまとめ概要の中の事業者間の情報伝達です。容器や包装材料に関してはサプライチェーンの最下流であるので、使用する容器や包装材料の規制適合性が以下に担保されるかは食品メーカーにとって重要な関心事です。特に最近、異なる分野ですが、特に素材産業の大手において、その品質確保と情報提供に関する不祥事が続いていることもあり、今後の課題となると思われます。また検討とりまとめに示された課題であるアクティブ物質(例えば脱酸素剤や鮮度保持剤)やインテリジェント物質(温度インジケータ等)が現在関連団体の自主基準になく、ポジティブリストに収載されないリスクがあることも気にかかっています。
 乳等省令と告示370号の統合については、ポジティブリスト法制化が順調に進捗することが条件になると思いますが、既に厚生労働省薬事・食品衛生審議会においても方向づけが確認されたものですから粛々と進めて頂きたいと考えています。


 食品衛生法改正案は来年の通常国会に提出予定と聞き及んでおりますが、2020年を目標とすると来年の国会通過が必要と思われます。また再確認しておきたいのはこの規制の対象が食品等事業者、言い換えれば食品と容器包装製造事業者であるということです。つまりインプラントで容器を製造している食品事業者は容器包装製造事業者としても規制を受ける可能性があり注意が必要です。
 繰り返しになりますが、容器包装の原料(樹脂、添加剤等)を製造する事業者の方々も、我々食品事業者等と同様に、いかに食品安全に対して、真剣に取り組んでいただけるかが大きな関心事です。
 食品衛生、特に食中毒防止の基本は、「つけない」「ふやさない」「やっつける」と言われています。つまり、まずは「つけない」ことが重要です。まさに、原材料の品質が重要だと言うことです。容器包装も、原材料の品質の重要性は同じだと思います。


ご清聴ありがとうございました。

食の未来を創る
 「製造業の最新トレンドと食品工場の未来を考える」

昨年11月22日に開催されたオープンセミナーの後半の講演抄録をお届けします。株式会社アペルザ オートメーション新聞剱持知久編集長の「製造業の最新トレンドと食品工場の未来を考える」のテーマでの講演です。この抄録は講演者のご許可を頂いた録音から書き起こしたものですが、文責は協会事務局にあることを最初にお断りしておきます。(TF)

初めに

 皆様こんにちは。ご紹介頂きました株式会社アペルザ オートメーション新聞社の剱持と申します。私どもは普段は電機とかロボットの業界を回らせて頂いておりまして工場の自動化や生産の効率化に関する取材をしております。スマートファクトリー、IoT、第4次産業革命といったテーマで取材活動を致しております。今回は食品業界と言うことに的を絞ってお話しをさせて頂くということで、この分野の方々と交流が持てることを大変嬉しく思っております。本日はこんな内容でお話しをすすめさせて頂きますのでよろしくお願い致します。

株式会社アペルザについて

 弊社は、キ―エンス、IBM、楽天等の出身者が中心になって2016年に設立したベンチャー企業です。アペルザというのは「オープン」という意味の「aperto」というラテン語と皆様も織田信長の「楽市楽座」で良くご存知の職人ギルドという意味の日本語「座」を掛け合わせた造語で「製造業をオープン化して更なる活性化に貢献したい。」という思いを表現したものです。その提供サービスは業界専門誌から製品価格サイトまでで、情報収集から価格・納期比較と商流のポイントを網羅したものです。

オートメ―ション新聞自体は40年の歴史をもつFA・電機業界の毎週水曜日に発行される専門紙で、読者数は新聞1万、メール版7万で本紙と別冊マガジンがあります。

工場のはじまりと変遷

 工場とはまさしく「製品を作るところ」ですが、1770年代のイギリスでリチャード・アークライトが水力を利用して創業した紡績工場がその始まりといわれています。それまでの問屋制家内工業と呼ばれる商人から原材料の前貸しを受けた小生産者が、自宅で加工を行う形態とは異なり、何台もの機械を据え付け、数百人の労働者で大量生産を行うというものでした。

 その後19世紀後半のアメリカにおいて、ヘンリーフォードがT型フォードに代表される分業とライン生産による「工場の進化」がありました。その後20世紀の後半にかけては日本においてNCやPLCに代表されるコンピューター制御で、プログラムによってそれまでヒトの手伝いをしていた機械にヒトの代わりに作業をさせることが可能になるという「工場の飛躍」が続き、そしてドイツ、アメリカ、日本の「現在進行中の工場」ではIoT、AI、ビッグデータ、などを活用したIT技術をベースとした「手足から頭脳」に進化した自立制御による生産が可能になってきています。


 このように工場の歴史はまさしく産業革命の歴史であり、21世紀の初頭から我々が迎えているのはまさしく第4次産業革命ということになるわけです。


 この図はヨーロッパ最大の応用研究機関であるドイツのブラウンフォーファー研究所が作成したもので、縦軸に生産量、横軸に品種をとって、1850年代からの工場の生産方式の変遷を時系列でまとめたものですが、2010年代以降求められている生産方式は顧客や地域のニーズに対応する適切な大・中・少量生産を行うということになり、これを達成するのが、ドイツが推進しているインダストリー4.0に代表される第4次産業革命ということになるのだと思います。

最新の工場を見てみよう
(日本企業のスマートファクトリーから未来を想像する)

 これは我々マスコミの罪でもあるのですが、日本においては概念がかっちりと固まらないままに、言葉だけを独り歩きさせてしまうことがよくあり、スマートファクトリーという言葉もまさしくその一例だと思います。本日の皆様も「言葉は知っているが、よくわからない」というところではないでしょうか。このウィキペディアの定義をご覧になっても、スマートファクトリーの実像を具体的に思い浮かべることはかなり困難なように思われます。

 そこでアプローチの方法を変えてみます。まず「スマートホーム」では何が可能になるのでしょうか。家に帰る前にお風呂を適温に沸かしておくことや、冷暖房の適温管理、留守中の防犯や冷蔵庫内の賞味年月日管理等が家庭内のすべての機器がネットワークにつながることによって可能になるわけですこれ工場に置き変えたのがスマートファクトリーです。

 工場内の設備や機器がネットワークでつながり情報のやりとりを行い、それらが状況に応じてお互いに情報交換して自ら動き、最大の効率化を達成することによって品質の向上やコストの低減を達成する工場がスマートファクトリーです。そしてこれを実現する「ツール」がIT技術、具体的にはIoT、AI、ビッグデータなのです。言い換えると今迄ヒトの技術とコミュニケーションで行ってきたものをIT技術に置き換えることでその影響範囲や効果を向上させた「だけ」であり、何か新しいものではなく工場が高度化したものスマートファクトリーなのです。スマートファクトリーというとGEとかシーメンスという海外の工場をすぐ思い浮かべられるかも知れませんが、日本でもITを活用したスマートファクトリーは多数存在しています。(ビデオによる紹介が行われたが本稿では省略する)


 これらの工場では完全自動化、クリーン環境、IT活用の共通項の基に高品質・低コスト・短納期の達成を図ろうとしている訳です。

食品工場の未来
(今やらなければならないこと)

 ここまでは工場全体の「現在・過去・未来」を見てきたわけですが、ここで視点を食品製造業に移したいと思います。中小企業庁が発行した平成28年度の中小企業白書調査よると食品製造業の生産性は最下位となっておりますが、これを違う角度から経済産業省の平成28年度経済センサスで見てみますと従業員数は製造業のなかで一番多くなっています。つまり「ヒトを多く使っているが生産性が低い」、言い換えれば労働集約でありながら生産性が上げられないという大きな問題を抱えているわけです。ただこれは食品製造業を1つの塊として分析したものに過ぎませんので細分化してみますと、食品製造業に大きくわけてお弁当製造に代表される「加工型」と酒類製造に代表される「素材型」に分別することが可能なようです特に。加工型は食品製造事業所の79%をかつ従業員数の85%を占めていますので先程の問題点は「加工型」に主に存在すると言えそうです。


 こういったマクロ分析と併せて実際に現場で行われている作業を拝見してみると、これからの食品工場に必要なのはIT・ロボットの活用による自動化と市場からの要求が益々高くなっている食の安全性を守るためのクリーン技術の2点が重要ではないかと思われます。

 現在加工型の食品製造業で導入されて成果をあげている実例をロボット工業会の資料から4点程紹介致します。


 また家庭の台所を全自動化したようなシステムも既に市場化が進行しているようです。例えばこれを複数台あるいは何百台組み合わせれば食品工場になるのではないでしょうか。

まとめ

 現在電子機器や自動車産業で進んでいる完全自動化の波は確実に進捗していくと思われます。またその生産体制は顧客・市場に柔軟に対応した様々なものになっていくでしょう。そしてその波は確実に食品製造業にも到来するでしょう。その意味で今から部分的であってもその取組を進める必要性は高いと判断しています。ヒトは柔軟な対応が可能ですが、必ずミスをしますしその作った製品にはバラツキがあります。またヒトによる作業は異物混入などの食品汚染のリスクを高める可能性があることも事実だと思います。また全自動化が行われた後の工場においてはヒトの果たす役割は従来とは確実に異なるものとなりますからその対応も必要になると思います。
ご清聴ありがとうございました。