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2012年度 第3回オープンセミナー(前半抄録)

         

日本乳容器・機器協会第3回オープンセミナーは昨年11月16日午後に東京コンファレンスセンターで開催されました。開催にあたっての椿山会長理事による挨拶と当協会の歴史を含む紹介に引き続き、厚生労働省滝本監視安全課長より来賓ご挨拶を頂きました。滝本課長は最近の厚生労働行政の安全衛生行政に関する動きとして、腸管出血性大腸菌の危険性と牛レバーの生食禁止に至る過程や、BSEへの対応として検査対象を月齢20ヶ月以上から30ヶ月以上に変更することや全頭検査に関して触れると共にこれらを正確に伝えるリスクコミュニケーションの難しさも述べられました。今回は最初の講演者である花王株式会社のフード&ビバレッジ事業グループ嶋田マネージャーの講演を取り上げたいと思います。なお本稿は当日の録音から事務局高橋が書き起こしたもので、文責は事務局にあることを最初にお断りしておきたいと思います。(事務局高橋)


花王株式会社の嶋田と申します。
本日はこのような機会をいただき有難うございます。エコナは現在、食品安全委員会において安全性の審議が行われている段階ですので、本日は弊社がどの様な経緯で販売自粛の判断をし、その後どの様なコミュニケーションをしてきたかをご紹介し皆様のご参考になればと思い、お話をさせていただきたいと思います。


エコナクッキングオイルとは

先ず弊社のエコナクッキンオイルがどういうものかを説明させて頂きます。
従来のサラダ油にはグリセリンに脂肪酸が3本結合しているトリアシルグリセロール(TAG)と呼ばれるものが約90パーセント以上、脂肪酸が2本結合しているジアシルアシルグリセロール(以下DAGと表記)が約10%未満含まれております。これに対して弊社のエコナクッキンオイルは、従来のサラダ油に酵素を働かせDAGが約80%以上に高まった油にしております。我々の体の中では経口摂取された食用油のトリアシルグリセロールはグリセロールから脂肪酸が分離し、バラバラに分解され、小腸で吸収される際に再結合される事になりますが、DAGの場合、分子構造の1-3DAGは体に入ってくると真中に脂肪酸がついていない為、分離後それらが再合成されず、門脈を通って肝臓へ移行し、燃えてしまうという構造上の特徴を持っています。
エコナはDAGの中の70%が1-3DAGとなっており(油全体では56%が1-3DAG)、食べて戴くと肝臓で燃えてしまう為、56%の油は脂肪として蓄積されません。従って継続的に3カ月程摂取して戴くと体に脂肪がつきにくいという特徴を発揮することになります。臨床試験においては一般の食用油と比べて血中中性脂肪の上昇が少なく、16週間のデータでも体重、腹囲、内臓脂肪面積の減少がみられました。

又1年間ご家庭で自由に使って戴いたデータによればBMI30以上の方に体重の減少が顕著でした。このような特徴をもつという事でこれらの臨床試験データにより1998年5月、特定保健食品(*1特保)の許可を厚生労働省より頂きました。米国では特保制度はありませんので、別の表現を行い商品名エノバとして展開致しました。

販売自粛に至った経緯

エコナクッキングオイルを出した後に、市場からエコナの油を使ったマヨネーズやドレッシング等の発売のご要望があり、2003年度にエコナのマヨネーズタイプ(特定保健用食品)を全国発売させていただきました。しかしながらトクホの許可を戴いていた一方で、一般の方はご存じないかと思いますが、「念の為の試験」が実施されました。
基礎生理学分野の研究者間ではこの構造式1-3DAGが細胞の中に入ると発がんプロモーションを引き起こす可能性があるとの知見がありました。
油は経口摂取の為、細胞の中に入る事は基本的には考えられませんが、この発がんプロモーションの可能性が無いかを実証するという意味で『念の為の試験』が厚生労働省で実施されました。この試験は2003年に始まり2009年まで継続されておりました。なぜ6年間もかかっていたかですが、当初、試験結果(作用の発現)を早くみるために野生型ラットではなくトランスジェニック(遺伝子組み換え)ラットを使ったことに因ります。
専門家の間では周知の事ですが、例えば安全性の試験結果で10試験のうち1〜2試験に陽性が出たからといって、これが即問題になるかということにはなりません。その1〜2試験に出た陽性の結果をバックグラウンドと呼ばれる他データも参考にして専門家が全体の判断をします。ところが今回は新たなトランスジェニックラットを使った試験の為、比較材料のためのバックグランドデータが存在しなかったわけです。従って、陽性結果が出た時に、再度トランスジェニックラットを作り育てテストをするという事を続けていた為時間がかかりました。
2009年にはほぼ審議が終了し、食安委で通常の食品として摂取する限り何ら問題が無いという健康影響評価案がまとまる段階に来ておりました。ところがそのタイミングでグリシドール脂肪酸エステル(以下GE)の問題が舞い込んできました。
マスコミの方々を含む一部の方はまだ誤解されているかもしれませんが、この発がんプロモーションの件と、GEの件とはまったく別の問題とご理解頂きたいと思います。
先ず、2009年3月、ドイツでパーム油が使われている乳児向けの粉ミルクにこのGEが含まれている事が判りました。ドイツのリスク評価機関(*2 BfR):日本の食品安全委員会にあたる)が食用油中の3-MCPDエステルの研究をしていたとろ、その測定中に測定結果に誤差を与える物質としてGEがたまたま発見されました。
国際がん研究機関(*3 IARC)の発がん性ポテンシャルランキングリストでは、グリシドール(以下G)はグループ2Aで「人に対しておそらく発がん性がある」ところに、GEはグループ3の「人に対して発がん性については分類できない」ところに位置します。つまり、乳児用粉ミルクに含まれるGEがGに変化した場合、発がんの可能性があるのではということがBfRで議論されました。しかし乳児用粉ミルクに含まれるGEを経口摂取した後、体の中でGに変化することは科学的に確認できず、又それを分析する技術もありませんでした。
従って科学的にはなにも確認できなかったわけですが、こういった場合、日本の食品安全委員会や世界のリスク評価機関で採用されているリスク評価手法に「ワーストケースシナリオ(最悪ケースシナリオ)」という、「GEが100%Gに変わるという前提に立ってその危険度を評価する」という方法があります。これはあくまでも仮定を前提にした話でありますが、世界のリスク評価機関が採用している方法のひとつです。
一方、リスクの大きさを測る物差しとして「暴露マージン」という手法があり、これを用いて算出すると、ドイツの乳児向け粉ミルクは670という数字になりました。暴露マージンの数字は、10000以上であれば特別何か対策をしなくても良いというところですが、この670という数字は我々が普段食べているポテトチップスやビスケットの中に入っているアクリルアミドという物質とほぼ同程度の暴露マージンの数字であり、何らかの対策が必要になります。
BfRは最終的に、製造者に対し「販売は継続してもよいが、ALARA(As Low as Reasonably Achievable)の原則に則りできる限りこの物質の量を下げるように努力する」という指導を行いました。驚いたことに、ドイツではこの件に関して何の風評被害も起こらず、世の中の混乱も起きませんでした。

その後、この情報がドイツからわが国の行政に入り、厚生労働省から弊社にエコナ及び他社の油のGE量の分析をしてくれないかとの要請が参りました。分析をし、弊社のエコナにGEが多く含まれていることをご報告申し上げたのが2009年6月になります。同年8月に厚生労働省の方から食品安全委員会に報告が行われまして、ほぼ審議が終了しかけていた先程の発ガンプロモーションの会議に、この案件が飛び込んできて、当時の座長の先生が発ガンプロモーションの案件を一旦ペンディングにし、このGEの件を最優先に議論するという事に成りました。
エコナの中にはGEが160−286ppm含まれており、他社の食用油にはGEがエコナの1/10〜1/100 の量でした。問題はこのGEがGに変化するのか、変化すると仮定してGに発がん性があるのかどうかですが、これらは全てクエスチョンで、あくまでそのような可能性があったということです。
一方で我々はエコナの各種安全性試験を実施しておりまして、具体的には人が一日に食べる量を十分上回る、凡そ12倍〜50倍の量での過剰摂取試験を行っております。いずれの試験においても問題なしとの結果を得ておりました。その中でもラットとマウスでの一生涯の発がん性試験をパスしておりますが、この試験をパスしていればヨーロッパやアメリカではほとんど問題無と見なされる、業界内においてはグローバルスタンダードと呼ばれる安全性の試験であります。この安全性試験に合格しておりましたので、我々としてはそういう物質が見つかったとしても、それが入った条件で評価をしておりますので、問題なしと見ておりました。またこの製品をアメリカやヨーロッパでも販売しようという構想がありましたので ヨーロッパを含めて各国での安全性の審査を全てパスしておりました。

 

販売自粛の決断

それらの安全性試験から我々としては安全性においては問題ないという自負はありましたが、以下の理由から一時販売自粛という判断をさせていただきました。
エコナに含まれているGE量160−286ppmを先ほど説明致しました暴露マージンという手法で計算しますと176という(10000より低い)3桁の数値となり、何らかの対応をしなければならない数値でありました。BfRでの赤ちゃんの粉ミルクに入っていたGE量の数値も670で3桁の数字でした。社内で議論した結果、「安全性に問題はないものの、乳児用ミルクに対してドイツBfRが示したように、より一層安全なものとして提供したいという考えから、幣社でもGE量を低減していこう」という結論になりました。GEの低減には製造ラインの改造が必要で、それには約半年掛かるとのことでした。当時売上300億円程度の商材であり、流通側に半年間分をお納めする充分な量を作りだめすることは不可能であり(納入期限にも抵触し)、またコンプライアンス上の問題もあることから、『半年間販売自粛をさせて頂きたい。しかしながら商品の安全性には問題ありません』ということを世間にお伝えする決断をさせて頂きました。

ステークホルダーとのコミュニケーション

2009年9月16日に一次販売自粛のニュースリリースを出させて頂きました。実はこれはご批判を戴いたリリースでして、例えば「一部の消費者」という表現をしていますが、「一部の消費者とはなんですか」と質問を受けました。これはGEの件が初めて厚生労働省から食品安全委員会へ投げかけられ、その内容が新聞報道された際に一部の消費者の方から問い合わせをいただきまして、その事を「一部の」と書いているのですが、これについてお叱りを頂きました。エコナは当時約500万世帯にご使用いただいておりまして「一部の消費者ではないでしょう」とのご指摘です。2番目に、これがリスクコミュニケーションの難しさですが、「安全性の確保はもとより、安心感をもって」という表現をいたしました。これはより一層安全なものをお届けしたいという願いからこの表現をしましたが、この点にもお叱りを頂きました。メーカーがいろいろな試験をして安全です・安全ではないと表現するのは良いとして、安心は人によって物差しが違うし花王さんが安心といいながらも、「このような問題を知らされるととても不安である」というご指摘でした。つまり安心か安心でないかはメーカーが判断すべきではないということです。安心と安全は良くセットで話されますがリスクコミュニケーションでは安心という言葉は使用しない方が良いと思います。これは消費者が判断すべきとことであるということです。

その後のマスコミからの反響です。9月16日にリリースした翌日から新聞報道がされました。『どこが問題なの?』『発ガン物質に変わる恐れ』『エコナ商品販売停止』『発ガン可能性物含有』という見出しで報道された時には、正直「これはもう終わりだな」と思いました。リリースの翌日に生活者コミュニケーションセンター(お客様相談センター)で約100台に電話を増やしスタンバイしておりましたがとても足りませんでした。実際には9月16日から2週間で16万件のお問い合わせを頂きました。通常弊社がお客様からお問い合わせを戴くのは年間8万件です。年間の倍のお問い合わせが2週間であったわけです。この会場のスペース4倍位の会場で電話を増設し、従業員総出で対応いたしました。あのようなリリースで、我々の対応の稚拙さはありましたが、お客様からの反応は「不安・不満」の声が約90%、中には「励まし」のお言葉もありましたが約10%でした。1回の電話対応に30分位掛かりますが、先ず電話がかかりにくく当時その確率は5%でした。従って朝から電話を掛けてもつながるのは夕方ということでお客様はお疲れで怒り心頭状態で、30分程ご説明しても納得いただけず 「とにかく返品したい」、「あなたのいう事は信じられない」、「新聞にこう書いてあるではないか」という状況が約2週間続きました。

このままでは通常の業務も出来ないという事もあり、10月8日に、特保の表示許可の返上という特保としての取扱を失効しこの商品を販売する事が出来ないという届出を自ら出し販売中止とさせて頂きました。この件は同様に報道されましたが、多くのステークホルダーの方々から「良く分からない」「何故販売自粛したのか?」「気が付いたら販売中止になりスーパーに行っても商品が撤去されている。きちんと説明せよ」という事で、特に消費者団体の方々からは説明責任が欠けているのではとのご指摘を頂きました。そして2009年9月に開催された「エコナの安全性を問う会」に弊社、食品安全委員会、厚労省及び消費者庁の方々が呼ばれました。今日のこのような会場で壇上に上りまして、製造者の弊社、特保の安全性、表示許可を出した厚労省、食品安全委員会の責任が追求されました。私は出席しておりませんでしたが、冒頭の挨拶で「今日、この壇上の方々が我々の健康を脅かす方々です」との紹介があったとの事です。一切の発言が出来なく、罵声とヤジの中で終わったという最初の会合であったとの事でした。当時の全国消費者団体連絡会事務局長で現消費者庁長官の阿南久さんから、本来は花王に「どうして販売自粛に至ったのですか」との話を聞く会であったにも拘わらず、こんな結果になったということで再度花王に話をしてもらいたいとのお声掛けを頂きました。今度は花王だけが単独で伺い、ご説明をさせて頂きました。この時は逆に消費者団体からの一切の質問を受けず、花王の話全てを聞きなさいという形で実施されました。ところが参加された方々は聞きたくて(質問をしたくて)参加されていた訳で、質問が出来ない事はどういう事かという声が出た為、2回目に聞けなかった質問を花王が答えるという形で第3回目の会をお声掛け頂きました。この時点でやっと出席いただいた消費者団体の方々から、花王が販売自粛に至った意図と心配する必要のないという事をご理解戴きました。先程の滝本課長も触れられておられましたが、このような案件を消費者の方々にご理解戴くまでに伝える難しさを感じました。実際にご理解いただくには3ヶ月かかったことになります。全てを包み隠さずお話させて戴きましたので消費団体の方々からもご評価いただき、花王に対して是非誠意ある態度で信頼回復に向け頑張るよう、励ましを戴きました。その後も会合を持たして頂きましたが、コミュニケーションの重要性を感じた次第であります。

マスコミ対してのリリースの仕方についてですが、本日後半に講演される松永様にもご指摘を戴きましたが、あのリリースでは、説明不足で記事にあのように書かれるのはやむを得ないところもあるかもしれませんとことでした。
その後のマスコミへのコミュニケーションですが、同じ新聞社であってもAという記者は大丈夫という書き方をする一方、Bという記者は問題ありという様な書き方をする事がありますので、食品安全委員会が開催されるたびに、我々は全ての主要新聞社記者との勉強会を開始し、内容につき説明をさせて頂きました。こういった活動を継続してきた結果、風評に繋がるような記事が減り、最終的には食品安全委員会の結果を見守って書きたいということになりました。

GEにおける安全性試験(4600倍の投与試験)で陽性が出たという記事もネットで書かれましたが 記者には「実際のヒトの体内では判らず、あくまでも動物実験だけの結果である」という表現を付け加えて戴くようになりました。
広くステークホルダーの方々にご理解戴く為に本日配布させていただいております『ヘルスケアレポート別冊』にエコナの販売自粛までの経緯、判断に至った経緯及びその後のリスクコミュニケーションを含め専門家の方々のご意見も掲載し、マスコミの方々、地方行政の方々、一部の業界関係の方々に配布させて戴きご理解を頂戴致しました。また東京大学が主催し、ILSI Japan及び消費者庁後援で開催されましたリスクコミニュケーションワークショップへの参画を致しました。ここでは、ドイツ(EUに加盟)ではGEの実際はどういう事だったのか、他の化学物質の事例やリスクコミュニケーションのあり方はどうされているのかをEU食品安全を担当しているEFSA(*4欧州食品安全機関)でリスクコミニュケーションを担当されていた元部長とドイツのリスク評価研究所でGEの分析を担当されていた部長にご来日戴きご説明いただきました。例えばビスフェノールAという物質がありますが、EFSAではリスク評価し、消費者からの信頼を得るためにオープンで透明性が高く、一方で社会の懸念に十分留意しながらコミニュケーションしたという事でした。EFSAにはマスコミ担当の方がおられますが、この方はマスコミ出身者で、マスコミ自体を十分理解しているプロの方がマスコミに対するリスクコミュニケーションをするわけです。またドイツのBfRではキチットしたガイドラインを作りそれに則り対応しているという事で わが国ではどうかという問題提起も一部させて頂きました。
我々も欧州に負けないように、このような問題が起きて冷静な対応が取れる社会になりたいという事を述べさせて戴きました。

 

最後につくづく感じているところを紹介させていただきたいと思います。
実際に企業の中で見ておりますと、社会から種々の『攻撃』が降りかかってきます。例えば今回のエコナの件では、科学技術の進歩によってあのような物質が入っている事が判り、これがひとつのリスクとなりました。又、国のトップクラスの専門家の先生方がある健康食品に対してネガティブな試験結果発表をしたとすると、それは安全性に問題ありという事になってしまいますので、これが問題提起される。行政側でもエコナ販売自粛当時の消費者庁担当大臣はエコナに関連して法規上は不可能な販売中止に出来ないかという動きをされました。消費者側にもさまざまな消費者団体がありいろいろな価値観を持つところがございます。このような環境下でこれらの動きにどう対応するかということだと思います。また消費者にこのような案件を伝える際には必ずマスコミや行政や消費者団体の方々が必ず情報媒体となります。本件を通して学んだことは日常からこれらステークホルダーの方々とコミュニケーションをとるということだと思います。ある食品メーカーにお話を伺った際には全社員に『平時に戦時を忘れず』を徹底しており、いつの時にもリスクに対しては全社員が敏感に対応するというにしているとおっしゃっていました。我々も今回の反省を踏まえ、今後はこのような事にならないようにリスクファインディング及びリスクコミュニケーションを着実に行って行きたいと考えておりますし、私の在職期間中にはエコナを再発売し、これまでご愛用頂いた愛用者の方々に是非もう一度お届けしたいと思っております。

事務局注
*1 特定保健食品
1991年に保健機能食品制度が定められ、国の定めた規格や基準を満たす食品については保健機能を表示することができるようになった。特定保健用食品(トクホ)は、科学的根拠を提出し表示の許可を得たもの
*2 BfR(Bundesinstitut fur Risikobewertung)
ドイツの食品安全委員会にあたり2004年の創設
*3 IARC(International Agency for Research on Cancer)
国際がん研究機関、WHOの附属組織
*4 EFSA (European Food Safety Authority)
欧州食品安全機関 EUの専門機関の一つ

2012年度 第3回オープンセミナー(後半抄録)

            

オープンセミナー後半抄録は科学(サイエンス)ライターの松永和紀氏の講演を取り上げます。松永氏は講演冒頭当協会50年史「深化と拡大そして未来へ」を取り上げ、今までの当協会の安全と衛生に関する取り組みそのものが、リスクコミュニケーションの一歩と言えるのではないかとの心強い当協会へのエールから講演はスタートしました。なお当該講演抄録は事務局福田がご許可を頂いた録音から書き起こしたものであり、文責は事務局にあることを申し添えます。(事務局福田)


ご紹介頂いた松永です。本日はこのような機会を頂き有難うございます。食品業界の方々にはこのような講演の機会を頂く機会が多いのですが、今回日本乳容器・機器協会から講演のお話しを頂いた時は大変申し訳ないのですが、貴協会の活動を存じ上げませんでした。お打ち合わせに時に頂いた50年史を読ませて頂いて50年にわたる活動を理解させて頂き、これこそリスクコミュニケーションの一歩といえるのではないかと思った次第です。

私はリスクコミュニケーションとは、「リスク」とそのための対処についての情報を消費者にお伝えし考えていただくことだと思っていますが、一方で企業がリスク管理のために行った努力をお伝えすることであるという視点も忘れてはならないと思います。また消費者とのやりとりを通して企業のリスク管理のレベルを向上させるという重要な側面ももっています。なかなか大変なことではあるのですが、これを「平時に」継続することによって企業にとっての「クライシス(危機)」にも間違いのない対応が可能になるではないかと考えております。

ではどうやってリスクコミュニケーションを行っていけばよいのでしょうか。例えば食品に関する安全のレベルというのは食中毒による死亡者の数を参照して頂ければ明らかであるように確実に向上しています。ところが科学的安全と消費者の「事象に対する感情」には明らかな乖離がみられるわけです。この乖離を埋めていかなくてはならないのですが、私はこの乖離には主としてこれら6つの要素があると考えています。


まず食品のイメージと実像です。この図は食品の汚染に関するもので、国立医薬品食品研究所の安全情報部第3室長の畝山智香子氏の著書から引用させて頂いたものです。消費者の方々は食品とは本来「真っ白」なものであって、これに添加物、残留農薬、そして放射能汚染の問題が起こっているので、これらを「排除」(検出限界未満)にしなければならないとイメージしがちです。しかし食品リスク研究者や食品産業に従事する方々は食品には多種多様リスクがありグレーの存在であると認識しています。そして食品製造はこれら全てのリスクを踏まえて行われているわけです。このイメージと認識の違いが両者のコミュニケーションにおける「ずれ」を生んでいると考えられます。

また食品を製造し、またそれを食べるということは「安全」だけを要因とはしていません。食品安全に対する各種のリスクに対応しながら、例えば、必要量の確保、経済性、そして文化や道徳倫理といったものもその要因となりますので、食品を作り、そして食べるということは本来これら全てと「目線合わせが」行われなくてはならない大変な作業になるわけです。

「食の安全」を決めるのは重要な2つの指標は「なにを、どれだけ摂取するか」であるということは皆様もよくご存知のことだと思います。これを消費者の方々に正しく理解して頂かなくてはならないわけです。多くの化学物質は動物実験で求められる無毒性量(NOAEL No Observed Adverse Effect Level )の100分の1である1日許容摂取量(ADI Acceptable Daily Intake)によって残留量の管理が行うことで安全の担保が行われています。言い換えれば「あるかないか」ではなく「どれだけ」で判断されなくてはいけないということを消費者の方々にご理解いただかなくてはいけないということになります。また農薬や添加物などのその効果を意図して使用する物質には発がん性物質は使用してはならないとされその安全が担保されているわけです。


しかし最近議論されている非意図的な遺伝毒性発がん物質の人体への影響については無毒性量が設定できず、また含有量も「ゼロ」にはできない物質については上記の論理の適用が不可能です。前半の嶋田氏によるエコナのお話しはこれに該当します。つまり「どんな食用油にも含まれているが、エコナには少し多く含まれていた該当物質を低減する努力を行いたいと発表したところ大問題とされてしまった」ということになると思います。これは他の食用油にはその物質が含まれていないと大多数の消費者が考えてしまったからです。アクリルアミドやベンゾピレンに代表される非意図的な遺伝毒性発がん物質は食品の調理や加工等のプロセスで非意図的に発生しますが、これをゼロにすることはできません。これをどのように把握して、どのように減らしていくかということになるわけです。

従来の農薬に代表される物質はNOAELとこれに付随するADIがきちんと管理されていれば、消費者の方々への説明も比較的容易なのですが、非意図的な遺伝毒性発がん物質の場合はどの位摂取されているかの分析や、その人体に対する影響に対する科学的研究も追いつかない状況のなかで、消費者の方々に科学的にかつわかりやすく説明することは容易なことではありません。国もまだ本格的に取り組んでいるとは言えない状況下で花王という一企業がその矢面に立たされてしまったというのが今回のエコナの問題の一面ではないかと思います。言い換えれば科学的不確実性を消費者の方々にご理解頂くということがいかに困難かということです。


こういった状況へ対応するためには国レベルでは食品安全委員会によるリスク評価、厚生労働省や農林水産省、消費者庁等によるリスク管理、そして関連省庁や委員会の消費者の方々とのリスクコミュニケーションからなるリスク分析が行われています。しかし私は現在日本においてこのリスク分析にはまだ問題があると判断しています。例えばリスク管理において本来は費用対効果という視点も含めて決定が行われなくてはいけないのですが、この観点がないがしろにされているような気がしてなりません。生産から流通まで各プロセスで重複し、莫大な費用をかけた検査が費用対効果も含めた検討の基に実施されているか疑問があります。また行政によって対応しなくてはならないハザードによるリスクの大きさの科学的かつわかりやすい比較と、その対応の優先理由が示されておらず、消費者の方々の個別の事象にたいする「感情」を優先してリスク管理が行われているような気が致します。企業側、例えば花王はこのリスクの優先順位については言及できません、言及すればこれは「他責」となりまさに「炎上」してしまうからです。


複数の研究者の方々がリスク比較のツールとして、各種の食品のリスクをはかる指標を発表しております。先程嶋田氏が触れた暴露マージン(MOE Margin of Exposure)も含めて色々な「ものさし」があるのでご参照頂きたいと思います。


リスク認知の心理学についてもふれておきたいと思います。科学的なリスクの大きさをヒトは例えば「子孫代々まで」ということによる恐ろしさ因子や「いままで遭遇したことがない」という未知性因子によって過大に把握しがちであるという傾向やヒトは本来経験を優先して考えがちで分析的にはなりにくく、コミュニケーションには信頼が重要だという専門家の方のご指摘はリスクコミュニケーションを行うものにとって必要なことだと思います。



報道や情報伝達についてですが、まずマスメディアにとって情報は商品であるということを確認しておかねばならないと考えます。個々の記者が報道に対して正しい姿勢をもっていたとしてもマスメディア全体として考えれば、悪意がなくても事象をセンセーショナルに表現する傾向が本質的にあります。さらにメディアの多様化によってSNSに代表されるインターネット上の玉石混淆の情報発信や伝達があり、企業に抗議が殺到するという事態が実際に発生しているわけです。私はこういった状況下で行政側の施策も「感情、不安対策」を重視しすぎる傾向にあるのではないかと考えています。


それではリスクコミュニケーションとはどうあるべきなのでしょうか。私は既に安全と安心という切り分け方自体が既に機能しなくなっているのではないかと思っております。また情報伝達の際はインターネットを重要なツールとして位置付けることも当然のことです。併せて行政、企業が対象とする「市民」や「消費者」の定義やプロファイリングを見直すことも必要だと考えます。従来の対象と考えられたものはその一部でしかない可能性があり、インターネットは見直された対象に対して有効な伝達のツールになり得ます。そして科学に基づいた分析の基に、科学だけではない色々な要素を組み合わせた対応の全体像を見せるということが求められているのではないかと思います。そのための重要なポイントとしてはタイムリーに、一般と詳しい方用に「段階分け」した情報を、その情報源を明示して提示しなくてはなりません。

また科学以外の種々の要因も判断基準として示したうえで、複数の選択肢のなかから最適解を個人に委ねるというスタンスも必要だと思います。一方、情報の波及効果には十分留意し、企業は特に、情報を受け取った人がさらに、別の人に伝えたくなる情報として発信することが求められます。これらを「平時」に繰り返すことで「市民」や「消費者」から信頼を勝ち得ることができるのではないかと考えています。言い換えれば日々の努力をきちんとお伝えすることとで、その企業や製品に対する信頼を得るということになり私の最初のお話につながることになるわけです。



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