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コラム
 
 

発酵乳の保健機能に分け入って
 (1)日本人を啓発した長寿霊剤

信州大学名誉教授 細野明義

(一)明治新政府の産業振興政策と牛乳飲用の普及


明治新政府がとった政策は富国強兵と産業振興であり、畜産を振興して国民に牛乳の飲用を奨めるための勧農政策もその一環であった。
明治5年に新政府が国学者の近藤芳樹に命じて書かせた『牛乳考・屠殺考』(図-1)には「牛乳」と「ミルク(美留久)」について次のように説明されている。≪牛乳は補益の最上なる良薬にして常爾(に)古禮(これ)を飲む止記(とき)は弱き越(を)強く、老多(た)るを壮那(な)らしむ。・・・≫。とあり、特に母乳が十分に与えられない当時の乳幼児にとって練乳は大きな天佑の糧になり得ることを唱えたのである。また、翌年の明治6年には軍医であった石黒忠悳が『長生法』(図-2)という本を著して牛乳を飲むことを強く国民に奨めた。明治初期には牛乳に対する偏見もある中で、≪帝でさえ牛乳を召し上がる≫と記し、国民が牛乳に親しみ、これを飲むことを奨励した。こうした努力が実り、多くの人々が当時の当たり業として牛乳搾取業を始め乳牛の飼育頭数が東京を中心に増え、牛乳飲用も一般化していった。ちなみに、我国の牛乳市販の先駆者として知られている千葉県出身の農夫である前田留吉と甥の喜代松は牛乳飲用の普及に大きく貢献した人としてよく知られている。

(ニ)欧化思想の台頭と大日本文明協会の設立


明治に入って西洋との交流が進み日本人が国際社会を直に意識せざるを得なくなったことに加え、西洋諸国の前に立ったとき日本が極端に低い地位にあることに気付かされたと伊藤博文は述懐している。とりわけ、日本が西洋諸国と対等の地位を築かなければまともな外交交渉すらも成り立たないとする大きな危機意識を抱いた明治新政府は一連の欧化政策をとることにしたことは史実に明らかなところである。この欧化政策はやがて極端な西洋崇拝や欧化思想を生み出した。例えば、明治17年には福澤諭吉の門下生である高橋義雄は『日本人種改良論』(図-3)を著し、その中で≪・・・人種ト人種トノ間ニテモ其體力気力ニ於テ猫鼠ノ懸隔アルトキハ優種ニ壇横ノ跡方ナキモ劣種ハ自カラヲ窘窮シテ遂ニ自滅シ去ランノミ。即チ優存劣滅ノ大法ニシテ吾人モ亦其範囲ヲ脱スルコト能ハズ。・・・≫と記している。日本人(鼠)は西洋人(猫)と婚姻し、心身強壮で知力も体躯も優れた子孫を残し、民族として改良すればいいと主張している。高橋義雄のこの過激な主張はともかくとして、西洋の人や文化に触れた当時の指導的立場にあった政治家や知識人は自国の歴史、文化、政治を貫く民族性の優秀さに対する矜持を持ちつつも、西洋文化を積極的に取り入れる思潮を生み出していったことは想像に難くない。そうした流れの中で、明治41年に西洋諸国の著作の翻訳・出版を目的とした大日本文明協会が大隈重信や渋沢栄一らによって設立された。この協会が最初に翻訳書として選んだのがメチニコフ(図-4)が著した『不老長寿論』であった。翻訳者はアメリカのジョンズ・ホプキンス大学で学位を取得した中瀬古六郎であり、大正元年にその翻訳書が出版された。西洋文化の斬新奇抜なモデルとしてこの本が日本人の心を大きく揺すぶったことは云うまでもない。

中瀬古六郎が翻訳した『不老長寿論』には細胞がなぜ老化するかについてのメチニコフの思考過程が克明に記されている。その中で、爬虫類や鳥類それに魚類は比較的長命であるのに対し、哺乳類が短命なのは哺乳類が発達した大腸を持っているからであり、大腸に糞便が滞留することにより腐敗菌が有害物質を産出することを許し、そのことが細胞の老化を速める原因になっていると推論している。その推論の正しさを証明するために彼はヨーグルトの摂取に注目し、ヨーグルトを毎日摂取すれば腐敗菌の増殖が抑制されて乳酸菌が優勢となり、結果として整腸作用が働いて老化、老衰の速度が遅くなり、長寿を全うできるとする不老長寿説(仮説)を導いている。

なお、メチニコフは1845年現ウクライナ東南部ハリコフで出生し、1916年パリで逝去している。オデッサ大学を卒業後、ペテルブルグ大学で棘皮動物の変態の研究で博士号を取得した。1888年、パリにあるパスツール研究所に迎えられ、感染症に対する食細胞の防御機能の研究に取り組み、1908年にノーベル生理学医学賞を受賞した。彼が今日細胞性免疫の祖と呼ばれているのは、食細胞の発見とその機能に関する卓越した先見性によるものである。

(三)雑誌「實業之日本」による長壽霊劑の紹介





発酵乳(凝乳)と人間との係わり合いは人間がミルクの飲用を始めた時期とされる紀元前8000年ないし7000年頃に遡る。長い間に培われてきた発酵乳の種類は多様であり、土着の発酵乳としてそれぞれの地域で飲用されているが、東欧のバルカン半島で生まれたヨーグルトは特に著名で日本においてもヨーグルトは発酵乳の代名詞として呼ばれる場合が多い。

ところで、発酵乳が日本で製造されるようになったのは明治の半ばになってからである。明治27年頃に鈴木恒吉(東京)、永田恒三郎(千葉)、日比野房吉(東京)らが牛乳業者が余乳処理の一手段として凝乳の販売を始め、大正3年にミツワ石鹸の三輪善兵衛が「ヨーグルト」の商品名で発酵乳を販売した(図-5)。また、スターターの日本への輸入はそれよりも早く、慈恵医大の千秋雄雌郎が大正元年に医学雑誌である『治療薬報』に掲載発表された論文には、明治10年に創業の島久商店が「ラクトバチレン」、「バルガリアンバチルス」、「ファルメンラクテル」を、また明治32年に創業の三共商店が「ラクトスターゼ」と呼ばれるスターターを輸入販売していたことが記されている。

『治療薬報』に上記の論文が掲載された同じ年に当時国民の愛読誌であった『實業之日本』が発酵乳のもつ優れた保健機能について大々的に報じた。この記事のタイトルは≪病根を一掃し活力を持續し健康を増進する長壽霊劑の新發見≫(図-6)であり、メチニコフの偉業の紹介に始まり、ヨーグルトを愛飲していた当時の総理大臣 山本権兵衛、帝国大学教授 新渡戸稲造、実業家 大倉孫兵衛など日本の著名人の名を記したものであった。長寿霊剤と謳ったメチニコフの発酵乳とはメチニコフが1900年に紹介したヨーグルトのことで、オリジナルはブルガリアヨーグルトとして知られているキセロ・ムリャコのことである。この記事では表-1に示すように長寿霊剤つまりメチニコフの発酵乳の保健機能が紹介されており、まさに当時の日本人を啓発したに違いない効能が書き連らねられている。

なお、メチニコフの不老長寿説に感銘をうけた医師であった正垣角太郎(図-7)は乳酸菌飲料事業を本格的にスタートさせ、ブルガリア菌、アシドフィラス菌、乳酸球菌、酵母菌の4種類の混合培養を成功させて画期的な液状乳酸菌飲料「エリー」を大正13年に京都で製造販売している。

さらに、大正8年には蒙古の地で緬羊事業に携わり、蒙古民族の活力源である酸乳に出会った三島海雲(図-8)が乳酸菌を培養し、酸乳をベースに砂糖を加えた日本初の乳酸菌飲料「カルピス」を発売している。「カルピス」はこの時代の人達に広く受け入れられ、与謝野晶子も≪カルピスを友は作りぬ蓬莱の薬というもこれに如かじな≫と詠んだほど不老不死の妙薬への期待が込められた句になっている。

かくして、発酵乳の保健効果に対する認識が広く一般の国民に培われていったのは大正に入ってからのことであった。(11月号に続く)

 

(2)プロバイオティクスを代表する乳酸菌とビフィズス菌

(一)プロバイオティクスとプレバイオティクスの基礎概念

ヒトの長寿学を研究していた英国の微生物生態学者フーラーがそれまで定義されてきたプロバイオティクスの概念を整理し、1989年に≪腸内フローラバランスの改善を通して宿主に有益に働く生菌添加物≫と定義したのが今日におけるプロバイオティクスの概念の基礎をなしている。その概念をもとに1998年スペインのガーナーらが≪宿主に適当量与えたとき健康効果を発揮する生きた微生物≫と再定義し、腸管に限定せず宿主の身体全体に健康効果を示す生菌の総称にまで定義の幅を広げた。2000年になって、FAO/WHOのワーキンググループがその提唱を採択し、ガイドラインを公表し、今日に至っている。

1980年以降になってプロバイオティクスに関する研究は乳酸菌やビフィズス菌を中心に一層盛んになり、今日ではプロバイオティクスの健康効果について膨大な数の論文や成書が発表されており、多様の健康効果が報告されている。我国においては平成3年に「特定保健用食品」を制度化させたことを契機に、プロバイオティクスの研究が盛んになり、企業により多くの特定保健用食品等の認定を受けたプロバイオティクス関連の製品が生み出され、今日に至っている。

なお、メチニコフの不老長寿説については先号で記したとことであるが、この仮説に対し彼の死後多くの研究者が科学的なメスを入れ、プロバイオティクスの概念を生み出すきっかけをつくった点でメチニコフがプロバイオティクス学の生みの親と呼ばれるようになった。
一方、プレバイオティクスは1995年に提唱されたもので英国の微生物学者ギブソンによって、消化管上部で分解・吸収されず、大腸に共生する有益な細菌の選択的な栄養源となり、大腸の腸内フローラ構成を健康的なバランスに改善し維持して人の健康の増進維持に役立つ条件を満たす食品成分を指すことが提唱された。現在までに、オリゴ糖や食物繊維の一部(ポリデキストロース、イヌリン等)がプレバイオティクスとしての要件を満たす食品成分として認められている。表-1に主なプレバイオティクスを示した。

(ニ)プロバイオティクスをさらに発展させた概念の提唱

東京大学名誉教授の光岡知足博士は微生物の発酵により生成された菌体成分や有効物質が、宿主に対してプラスの健康機能をもたらすことをバイオジェニックスと呼ぶことを提唱し、プロバイオティクスの定義内では説明できない乳酸菌やビフィズス菌の保健機能をこの言葉で説明した。つまり、バイオジェニックスは、腸内フローラを介することなく生体へ直接作用することにより、様々な生体調節作用の機能を発揮することを指している。この学説のもっとも注目すべき点はバイオジェニック効果を期待する菌種は必ずしも生菌である必要はなく死菌体にもそれらの作用のあることを意味していることである。この場合、プロバイオティクスを含めた有用細菌などの細胞壁を構成するペプチドグリカン、テイコ酸、リポテイコ酸および菌体外多糖などが対象になる。
一方、アメリカの科学者クランシー博士は2003年にプロバイオティクスの中でも特に腸管免疫系に働きかけることで免疫賦活の作用に優れた菌種をイムノバイオテックスと呼ぶことを提唱した。これを更に発展させたイムノジェニックスという概念が東北大学グループの齋藤・北澤によってなされている。この概念は免疫賦活化能を示す菌体内外の種々の免疫刺激性の機能成分とその利用を視野に入れたものである。

 

(三)乳酸菌とビフィズス菌の特徴と主な菌種

プロバイオティクスの代表的な微生物は乳酸菌とビフィズス菌である。それらについて説明する。
乳酸菌は乳酸を多量につくる細菌群の総称であり、現在20属、203種の乳酸菌が知られている。乳酸菌は発酵で乳酸をつくり、エネルギーを獲得する微生物で、表-2に示す特徴をもっている。

生育には酸素を必要とせず、好気代謝にかかわるTCAサイクルをもっていない。従って、1モルのグルコースを代謝して産生エネルギーとしてのATP(図-1)を僅かに2モル(ホモ発酵)か1モル(ヘテロ発酵)しか確保できず(図-2を参照)、栄養に関して従属性が強い。後述のビフィズス菌とは違い、少しの酸素があっても増殖できるが、本来的には酸素を好まないのが一般的な特徴である。ヨーグルトやチーズの製造のみならず漬物、味噌などの伝統食品の製造にも関与し、古くから人間と共に生活してきた細菌であることからグラス(GRAS=Generally Recognized As Safe)バクテリアと呼ばれている。

一方、ビフィズス菌は、従前はLactobacillus として扱われていたが、乳酸の生成量は50%に満たなく、かつ乳酸の他に酢酸も多量生成し、またGCモル%が57〜68%と乳酸菌に比べて高いことから、厳密には乳酸菌と定義しにくく、現在ではBificobacterium として独立した属になっている。しかし、ヒト腸管内で発揮する保健効果が乳酸菌と同程度もしくはそれ以上の卓越性があることから、乳酸菌と関連して同列的に扱われる場合が多い。酸素を嫌うことから、酸素の無い腸管が格好の生息場所になっている。ビフィズス菌は2モルのグルコースから5モルのATPを産生する(図-2を参照)。
乳製品製造に用いられる乳酸菌とビフィズス菌の主要な菌種は次のとおりである。

Lactobacillus 属
Lactobacillus 属は20属でもっとも大きな属である。Lactobacillus 属の菌種は自然界に広く分布しており、耐酸性に優れている。Lb. delbrueckii subsp. bulgaricus 、Lb. acidophilus、 Lb. casei、Lb. plantarum、Lb. brevis、Lb.helveticus などが代表的な菌種である。菌種は生化学的性質、生理化学的性質、さらには遺伝子型も多様で、G+C mol%が32〜53%と広く、形態は桿菌である。また、グルコースからの発酵形式がホモ型発酵の菌種と、ヘテロ型発酵の菌種とから成立っている。なお、乳製品と深い関わりをもっている Lb. casei は以前からその分類をめぐって混乱していたが、最近 Lb. zeae、Lb. casei、Lb. rhamnosus の3種類に整理されている。

Lactococcus 属
Lactococcus 属は以前はStreptococcus 属の中に位置付けられていた。Lactococcus 属には5菌種程あり、その中でLc. lactis が乳製品と深い関係を持っている。Lc. lactis にはLc. lactis subsp. lactis、Lc. lactis subsp. cremoris それにLc. lactis subsp. hordniae の三つの亜種があり、前二者が乳製品に関係した乳酸菌である。

Streptococcus 属
Streptococcus 属は口腔、人畜、臨床試料などに見出される乳酸菌である。病原性があることで知られる乳酸菌もこの属に含まれている。その中で、St. thermophilus は乳製品製造上重要な唯一の菌種である。St. thermophilusLb. delbrueckii subsp. bulgaricus と併用してヨーグルトのスターターに用いられる。

Leuconostoc 属
Leuconostoc 属はヘテロ発酵型の球菌で、生産する乳酸の光学異性体はD型である。Leuconostoc 属がヘテロ発酵を行う絶対性は“Leuconostoc sensu stricto” (厳密な意味でのロイコノストック属)と呼ばれていることから理解される。乳製品製造上重要な菌種としてLeu. mesenteroides subsp. cremoris 、Leu. mesenteroides subsp. mesenteroides、 Leu. mesenteroides subsp. dextranicum それに Leu. paramesenteroides などがある。

Bifidobacterium 属
Bifidobacterium 属は本来乳酸菌の定義からはずれるが、ヒト腸管内に生息し、保健効果に極めて優れていることから、乳酸菌と関連付けて述べられることが多い。ビフィズス菌はグラム陽性の多形性桿菌で、Y、V、X、I 字状を呈している。初代分離には偏成嫌気的条件が求められるが、継代培養を重ねるにつれ、緩慢な増殖ながら好気性の平板にコロニーを形成する。耐酸性であり、芽胞非形成、非運動性、カタラーゼ陰性である。また、硝酸塩を還元せず、インドール、ゼラチン液化、ベンチジン反応、アルギニンの水解性はいずれも陰性である。増殖至適温度は36〜38℃である。飲料や発酵乳の製造に用いられるビフィズス菌としてB. bifidum、B. infantis、B. breve、B. longum などがある。

(3)腸内微生物とプロバイオティクス

(一)腸内細菌叢の形成

 成人の腸内には500種もの細菌が常在菌として群を形成しており、糞便1g当たりの菌数は1011〜1012個とされている。腸内細菌は宿主に対して重要な働きをしており、主に非消化性の食物残渣の発酵、炭水化物の短鎖脂肪酸への分解によるエネルギーの産生や吸収、ビタミンKの産生、鉄吸収などの代謝機能に加え病原菌からの防御や腸内菌群と消化免疫の相互作用など宿主の生涯を通じて極めて重要な役割を果たしている。
 胎児は母体内で無菌の状態で育っているが、乳児の腸内細菌叢の形成は生まれると間もなく空気との接触、呼吸、哺乳などにより出生直後から始まる。出生直後から1週間における新生児の腸管菌叢の形成について光岡らの記載をもとに説明したい。図-1は腸内の主な細菌について日齢とその増減の状態を示したものである。図-1に示したブドウ球菌、グロストリジウムは有害細菌、大腸菌、腸球菌は有害と有用性の両方を兼ね備えた細菌、またビフィズス菌と乳酸菌は有用細菌である。 これらの細菌の多くは出産のとき母親の産道や肛門、乳房から移行する。その他、空気中や衣類、寝具からも移行し、生後2,3日から1週間で、その人のその後の腸内細菌叢の原型が形成され、新生児の口腔や鼻腔、さらには肛門を経由して腸管に移行すると考えられている。
 乳児が飲むミルクの種類によっても腸内細菌の状態が異なることも明らかにされている。つまり、母乳で育てられた乳児では腸内細菌のほぼ90%がビフィズス菌であり、人工栄養で育てられた乳児では腸内細菌の中のビフィズス因の割合が低い(図-2)。

(二)腸内細菌叢形成のもう一つの説

 近年、新生児での腸内菌叢の形成について上記とは異なる臨床データが学術誌に報告された。極めて稀有なケースなのかも知れないが簡単に紹介したい。
 スペインのフェルナンデスらは健康な妊婦において分娩3カ月前頃になると腸管より乳酸菌やビフィズス菌が血液に流出し、それらの細菌が乳腺細胞に至り、分娩時に菌数は最高になり、乳汁に移行して新生児の腸内菌叢形成の一要因になることを認め、2013年、Pharmacological Research誌に報告した(図-3)。さらに、2014年にはスイスのジョストらが母親の便と乳汁と新生児の便の菌叢を調べたところ、それらの菌叢がほぼ一致することも明らかになったのである(図-4)。

 これらの論文は、胎児は母体内では無菌状態であり、出産のとき母親の産道や肛門、乳房から移行するとする上記の定説を覆すものである。これらの論文に記された現象の有益性のみに着目すると、新生児における良好な腸管菌叢形成の上でプロバイオティクスの新たな利用面をも覗かせるものである。しかしながら一方において、経母乳で細菌が新生児の腸管に移行する現象を肯定する立場から深刻なリスクがあることを指摘する論文もある。長崎大学小児科の森内らによると、HIV-1キャリヤーの母親から経母乳で新生児へHIV-1を感染させる危険性を指摘している(モダンメデイア:62(4)123(2016))。森内らの記載によると、母乳は無菌ではなく様々な細菌やウイルスを大量に含んでおり、一部の経母感染リスクとしてHIV-1を挙げている。つまり、HIV-1の経母感染のリスクとして他人の母乳を与える行為を挙げ、特に母乳売買という新手の商法が安全基準を満たさない状態で横行していることを指摘している。

(三)腸内菌叢を若返らせるプロバイオティクス

 有用菌優勢、有害菌劣勢の菌叢バランスをつくることはあらゆる年齢層の人にとって大切であるが、とりわけ免疫力が低下し始める壮年期から老年期にかけては健康維持の上で腸管菌叢を若返らせることに心がけることが重要である。プロバイオティクスを積極的に取り入れることの意義はまさにここにある。
 最近、消費者庁では新しく「機能性表示食品」制度を定め、食品の目的や機能等の違いにより、「特定保健用食品」、「栄養機能食品」、「機能性表示食品」に分けた。保健機能食品制度のもとに定められたこれら食品の中で乳酸菌やビフィズス菌などのプロバイオティクスが使用されているケースが非常に多いことはご承知のとおりである。
 消化管内部では食物成分であるコレステロール、脂肪、硝酸塩、タンパク質、食品添加物などをもとに多種多様の発癌性のある物質がつくり出され、また病原菌の場合は菌体毒素が産生される。正常な肝臓は消化管から吸収される栄養物を取り入れて老廃物を出す働きの他、血液中のアルブミンや血液凝固因子などのタンパク質の合成、アンモニアや薬物・異物の解毒・排泄などの役割を果たしているが、解毒閾を超えたとき様々な疾患の原因を惹起させることにつながる。結論として、有害菌優勢、有用菌劣勢の菌叢バランスをつくらないよう、乳酸菌やビフィズス菌のようなプロバイオティクスを発酵乳や乳酸菌飲料として毎日摂取することに心がけることが極めて大切なことなのである。

腸管免疫系によるプロバイオティク乳酸菌の働き  図-5に示すようにプロバイオティクスの主な保健機能は整腸作用と免疫機能調節機能に大別される。整腸作用とは、プロバイオティクスの代表とされるビフィズス菌や乳酸菌が腸管運動の調節、有害菌の抑制、有害物質の吸着、栄養素の消化吸収を向上させることなどの効果・効能を意味し、これまでに医学や食品学の分野で多くの研究がなされてきている。ストレス、加齢、不規則な生活、偏った食事などで、善玉菌としてのビフィズス菌や乳酸菌が減少し、毒素、腐敗物質、発癌物質などを産生する大腸菌、ウエルシュ菌、クロストリジウムなどの腸内細菌が増加し、結果として胆汁酸誘導体、インドール、アンモニア、ニトロソアミン、フェノール、硫化水素、尿素などの濃度が高まって健康を維持することが困難な状態になる。乳酸菌やビフィズス菌を摂取すると、これらの菌が産生する乳酸や酢酸などの酸により、腸管内のpHが低下し、病原菌や有害菌の増殖が抑制される。腸管免疫系によるプロバイオティク乳酸菌の働き中でも、FD(functional dyspepsia)に対するプロバイオティクスの治療効果についても大きな関心が寄せられている。胃もたれや心窩部痛などの上腹部愁訴をデイスペプシア症状と言い、腹部の痛みやもたれを主訴に受診する患者の中で、検査を行っても炎症、潰瘍、癌など症状の原因となる器質的疾患がない状態にもかかわらず消化器症状を有する群を機能性消化管障害(FD)と云っている。FDの病態生理の一つにHelicobacter pyloriの関与がある。プロバイオティクスとしてのLactobacillus reuteriH. pyloriの胃粘膜への接着を抑制し、H. pyloriの菌体量を有意に減少させ(図-6)、腹部膨満感を含む腹部症状を改善させる可能性を示唆している。

(4)プロバイオティクスを代表する乳酸菌とビフィズス菌

(一)腸管免疫系によるプロバイオティク乳酸菌の働き

発酵乳がヒトの健康の維持に関わっていることを19世紀初頭にメチニコフが提唱したことは本稿の初回で記した。彼は生体内に特異的に反応する抗毒素(抗体)が存在し、これが生体内に侵入した病原体(抗原)と結合して発症を防いでいることを述べた最初の人で、今日でいう抗原抗体反応の基礎概念を提唱したものであった。メチニコフが活躍した時代から1世紀以上が過ぎた今日、免疫学は長足の進歩を遂げ、プロバイオティク乳酸菌が腸管内で果たす免疫調節作用について免疫亢進、免疫抑制の両面から詳細に研究がなされてきている。
免疫には生まれながらにもっている自然免疫と後天的に獲得する獲得免疫(特異免疫)とがある(図-1)。

自然免疫とは非特異的な感染抵抗性であり、白血球中のマクロファージや好中球、NK細胞、サイトカインなどがその役割を担っている。一方、獲得免疫は異物(抗原)に遭遇することによってそれぞれの抗原ごとに最良の攻撃方法を学習していく特異的な免疫機能である。獲得免疫にはリンパ球がその機能を担い、T細胞やB細胞と呼ばれるリンパ球が活躍している。獲得免疫の作用機序は液性免疫と細胞性免疫に分けて説明されることが一般的で、前者にはB細胞が主に働き、異物(抗原)に対する抗体を産生して異物を排除する。これに対し後者は主にT細胞によってもたらされる一連の免疫反応のことである。具体的な免疫反応として移植細胞、腫瘍細胞、ウイルス感染細胞などを破壊するキラーT細胞やNK細胞などの機能、さらにはT細胞がサイトカインを放出することによる遅延型アレルギー反応などが挙げられる。
ところで、ヒトの腸管では全末梢リンパ組織(gut-associated lymphoid tissue; GALT)が形成されており、食事を通して食品抗原や微生物由来の多様な抗原に曝露されている。GALTにはパイエル板(Peyer’s patch)と呼ばれるリンパ小節が存在し、腸間膜動脈の根元には腸間膜リンパ節(mesenteric lymph node)と呼ばれるリンパ節群が分布している(図-2)。

GALTでは食品抗原に対しては経口免疫寛容と呼ばれる免疫応答が誘導される。経口免疫寛容とは強い免疫応答を誘導しない現象をいっている。この経口免疫寛容にはT細胞が関与し、食品によるアレルギーを抑える仕組みと云える。一方、病原性微生物に対してはGALTが積極的にこれを排除する特徴をもった免疫応答を行う。もし、この経口免疫寛容が破綻すると、食品アレルギーが惹起される。プロバイオティクスは他の常在の腸内細菌と同様異物とは認識されず、腸管免疫系の積極的な排除を受けず、宿主と共生しつつ整腸に貢献する。
プロバイオティクスが腸管内で発揮する免疫力の亢進作用については液性免疫と細胞性免疫の両面から詳細な研究が盛んに行われており、特にIgA抗体応答、経口免疫寛容、トル様受容体(Toll-like receptor;TLR)の発現、抗アレルギー、抗ウイルス、抗菌、抗炎症などの分野で多くの論文が報告されている。とりわけ、腸内細菌やプロバイオテックスによる免疫細胞の調節に重要な役割を果たすTRLはタンパク受容体でグラム陽性菌の細胞壁構成成分であるペプチドグリカンやテイコ酸、グラム陰性菌がもつリポポリサッカライドや細菌性リポタンパク、細菌由来のCpGモチーフ(シトシンとグアニンがホスホジエステル結合でつながった配列で病原体由来DNAのセンサーであるTLR9にみられる)を有するDNAなどを厳密に認識し、識別するセンサーの働きを担っている。

(二)免疫系でのプロバイオティクスの認識と分泌型IgA産生誘導

腸管内でプロバイオティクスがどのように認識されて免疫賦活性を発揮するかについて若干説明したいと思う。
図-2に示したように腸管に達したプロバイオティクスはGALTを形成するパイエル板から体内へ取り込まれる。パイエル板は小腸に存在し、パイエル板の上皮層にはM細胞と呼ばれる微生物を積極的に取り込むポケット状の構造をもった特殊な上皮細胞が存在している。M細胞から取り込まれた微生物はM細胞の下部に多く存在する樹状細胞(dendritic cells: DC)により捕えられ、その後の免疫応答を誘導する。同じ微生物であってもプロバイオティクスのように腸管内から排除を受けない微生物と、病原菌のように腸管内から排除を促される微生物とを認識する。樹状細胞にはレセプターであるトル様受容体(Toll-like receptor; TLR)が発現していてそれらを特異的に認識し、その情報はT細胞へと伝えられ一連の免疫応答がなされる。
プロバイオティクスの摂取により液性免疫の1つである分泌型IgA産生応答が亢進し、異物の体内への侵入を阻止することが知られているが、これは樹状細胞を介してプロバイオティクスの情報がT細胞へと伝えられ、T細胞が産生するサイトカインによりIgM分子を発現したB細胞(IgM+B細胞)がIgAを発現したB細胞(IgA+B細胞)へと分化、誘導される。IgA+B細胞は、粘膜免疫循環帰巣経路を経て腸管粘膜固有層へと移動した後にIgA産生細胞へと最終分化し分泌型のIgAを産生するのである(図-2参照)。

(三)プロバイオテックスの諸保健機能

発酵乳・乳酸菌飲料の保健機能は図-3に示したようにプロバイオティクスが発揮する保健機能と乳成分が主に発揮する栄養機能とに分けられる。乳成分に由来する栄養機能としてはタンパク質、炭水化物、ビタミン、ミネラルなどが挙げられるが、この他にプロバイオテックスが産生する乳酸、有機酸、多糖類、バクテリオシン、ペプチド類、葉酸などが挙げられる。一方、プロバイオティクスが発揮する主な保健機能としては免疫賦活、抗アレルギー、有害物質の解毒、発癌物質の減弱、病原性細菌・ウイルスの増殖抑制、血中コレステロールの軽減など多様である。これらの優れた機能が期待される発酵乳や乳酸菌飲料の消費は年ごとに順調に伸び(図-4)、2015年度の生産量は発酵乳が1,263,331k?、乳酸菌飲料が497,610 k?に達している。

プロバイオテックスの諸保健機能 プロバイオテックスの諸保健機能

プロバイオテックスの諸保健機能 最近、消費者庁が新しい「機能性表示食品」制度を定め、食品の目的や機能等の違いにより、「特定保健用食品」、「栄養機能食品」、「機能性表示食品」に分けられた。表示許可・承認された特定保健用食品は2015年2月末現在、1144品目に達している。乳酸菌やビフィズス菌などのプロバイオティクスやプレバイオテックスに関する機能性食品(整腸・乳酸菌)の占める割合を2014年の統計でみると図-5に示すとおり整腸・乳酸菌に関わる品目が高い比率(全体の35%)を示している。

プロバイオテックスの諸保健機能 消化器系において抗生物質が有益菌に対して攻撃的に作用するのとは違ってプロバイオティクスは腸管内の有益菌と共生的に作用し、本来的にプロバイオティクスがもっている整腸作用や免疫調節機能を発揮する。つまり、プロバイオティクスは腸内細菌叢を若返らせ、活力を与えることから今後益々食品のみならず医療分でも現在よりも広く利用されていくことが期待される。ちなみに医療分野におけるプロバイオティクスの利用分野を図-6に示した。

医療分野においてもプロバイオティクスに対する期待が大きいことが理解される。まさにプロバイオティクスの恵みを受ける時代を迎えていると云える。

 

細野 明義(ほその あきよし)

1938年生まれ。東北大学農学部卒業。同大学大学院修士課程修了。信州大学助手、助教授を経て同大学大学院教授。カナダ国立食料科学研究所に留学。JICA長期派遣専門家としてインドネシア国ボゴール農科大学での教育に従事。信州大学農学部長、(公財)日本乳業技術協会代表理事ならびに国際酪農連盟日本国内委員会常任幹事を歴任。信州大学名誉教授。農学博士。日本農学賞ならびに読売農学賞を受賞。

【細野 明義(ほその あきよし)】
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