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顧問 青島 靖次

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昭和三十三年十二月二十日の設立発起人会で、任意団体の日本牛乳キャップ協会としてスタートしてから、昭和三十六年十二月四日には社団法人日本牛乳キャップ協会として正式に公益法人化した当協会であったが、当協会の設立頃から牛乳業界は急速なスピードで発展していった。
昭和四十一年四月二十一日開催の定時総会で、当時の浅野武矩会長は、「今日、当協会の役割も大きな広がりを見せている。牛乳瓶用キャップという包装形態に留まらず、紙製牛乳容器等の出現を見るようになった。当協会の定款第三条には『牛乳キャップ及び牛乳容器並びに牛乳包装についての諸事の目的』と記載されている。現在の協会名は牛乳キャップのみを表現しているように思われるので、もっと広い視野にたって、業界発展に伴い、広く容器包装を意味する協会名称に変更したい」 という主旨の発議をされた。
総会では協会の将来を考え、十分に検討する必要があるので、理事会に審議を一任するということが承認された。
昭和四十一年五月十七日開催の理事会で、総会で委嘱された協会名称の変更が審議された。

  1. 牛乳パッケージング協会
  2. 日本牛乳紙栓容器協会
  3. 牛乳パッケージ協会
  4. 日本乳栓容器協会
  5. 全国乳栓容器協会

の五つの案が出た。理事会は種々審議したが結論は出なかった。
そこで、六月八日に再度理事会を開催したが、ここでも結論は出ず、

  1. 日本牛乳紙栓容器協会
  2. 日本乳栓容器協会
  3. 全国乳栓容器協会
の三案に絞った上で、次回、全役員出席のもとで最終決定することを申し合わせた。

昭和四十二年二月二十四日開催の理事会で、協会名称の変更がみたび審議された。先の理事会で絞られた三案が紹介され、最近の乳業界は高スピードで進歩発展していること、指導官庁からも当協会が単に牛乳キャップのみに依存しているかに見られることは遺憾であり、他の牛乳容器包装の研究発展にも常に対処できるよう、協会名、定款上の目的を変更するよう指導があったことが説明された。当時の乳業団体の名称が「全国牛乳協会」であったことも加味され、全員一致で新名称は「社団法人全国乳栓容器協会」と決定した。
昭和四十二年四月二十五日、第六回定時総会が開催され、協会の名称変更を含む定款変更案が理事長から説明され、変更案が可決された。
これによって五月二十五日協会は坊秀男厚生大臣に定款変更を申請した。申請は六月十六日に受理され、七月十三日の登記完了をもって 「社団法人全国乳栓容器協会 」が正式にスタートした。
これによって協会は牛乳キャップから視野を広げ、乳等の容器包装全体を掌る公益法人へと脱皮する事ができた。まことに先人たちの先見性と、英断に感服するものである。
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昭和四十四年は協会が多忙な年であったと記憶している。全国飲用牛乳公正取引協議会の公正競争規約による新表示は牛乳・加工乳については同年四月一日、乳飲料については七月一日実施ということで進められていた。その間に次のような問題が浮かび上がってきた。
先ず、第一は協議会未加入者の「公正」マーク無断使用問題である。状況を調査した結果、対策として公取協未加入の者がキャップに公正マークを印刷した場合、キャップ業者と発注した乳業者の双方が処分の対象とされた。
次に、その頃の牛乳キャップが抱えていた表示上の問題点をいくつか挙げると、

  1. 「牛乳」 「加工乳 」 「乳飲料 」という種類別の表示は四号の肉太活字を使用することになっていたが、四号以下のものや細い字体のものも多かった。
  2. また、種類別以外の表示については四号以下の活字と定められていたが、商品名で種類別表示より大きいものがあった。
  3. 種類別表示にホモゲナイズや均質などの文字を併記して商品名とまぎらわしく種類別表示と認めがたいものがあった。また、種類別の「牛乳」の文字の間に「牛 (商標) 乳」とするような例も見られた。
  4. 「牛乳」の場合乳脂肪分や無脂乳固形分は季節などで変動するので、年間の最低値を記載し乳脂肪分○○%以上、無脂乳固形分○○%以上とするところを「以上」の文字の欠落したものがあった。
  5. 短径五ミリ以上と定められた 「公正 」マークに規格以下の大きさのものや、はなはだしいものは横書きのものがあり、全国乳栓容器協会で作成した規格原版を使用することを徹底した。
これらのような表示事項に関する問題点が発生する都度、公取協と全国乳栓容器協会が打合せをして処理したのだが、新表示の実施期日まで間に合わせるために、当協会の会員は大変な努力をして業界に貢献したのである。
全国飲用牛乳公正取引協議会は設立してまだ日が浅かったから、時にはその対応が後手に回り、処理に大変な労力を費やすことになったものもある。この年九月には 「○○強化牛乳 」「強化○○牛乳」のような「強化」の文言を含んだ商品名は濃厚や優良という印象を与える名称と同様に乳脂肪三.五%以上、無脂乳固形分八.五%以上の組成とすること、 「天然牛乳 」 「自然牛乳 」の名称の禁止が決まった。牛乳は他物を加えることが禁じられている食品であって、天然の生乳を処理したものである。 「天然牛乳 」 「自然牛乳 」等の名称を使用することは、これらの製品だけが 「天然 」 「自然 」であって、他の製品が天然の牛乳ではないかのような誤解を与えることになるからである。
このように規約の運用に混乱が見られ、その都度表示変更ということで、当協会の会員はその影響を受けて多忙を極めたのである。
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さて、昭和四十四年の表示改正問題は牛乳や乳飲料にとどまらなかった。七月三日、厚生省乳肉衛生課長から協会会長に電話があった。新しい表示改正に関して、キャップの製版及び製造日数についての問い合わせだった。翌日厚生省を訪問し、その内容を確認したところ、はっ酵乳・乳酸菌飲料についての改正ということだった。

この年の改正では従来のはっ酵乳及び乳酸菌飲料は定義を改められ、無脂乳固形分三.〇%以上を含有するものは乳等省令上の 「乳製品 」の範疇に入れられた。「はっ酵乳」の成分規格を無脂乳固形分八.〇%以上とし、無脂乳固形分が八.〇%に満たない「乳酸菌飲料」のうち、無脂乳固形分三.〇%以上のものは乳酸菌または酵母数を一cc当たり一〇〇〇万以上とした。無脂乳固形分三.〇%未満のものは従前どおり、乳酸菌数又は酵母数を1ccあたり百万以上とし、「乳を主原料とする食品」に分類した。つまり、 「はっ酵乳 」は乳または無脂乳固形分八%以上を有する乳等を乳酸菌または酵母ではっ酵させた一般にヨーグルトと称するものが該当し、乳酸菌飲料は 「はっ酵乳 」以外のもので、それまで 「はっ酵乳 」とみなしていた希釈したはっ酵乳又はいわゆる乳酸菌飲料の原液等は乳酸菌飲料に該当することになった。厚生省は省令変更前に関係者に改正内容を内示したが、これまで「はっ酵乳」表示であった多くの製品が「乳酸菌飲料」表示に変更する必要が生じた。なかでも最大手のヤクルトがそれまでの「はっ酵乳」表示を「乳酸菌飲料」に変更しなければならなくなった。同社は当時全国に約百工場を展開しており、本来工場ごとに製造所所在地及び製造者氏名を記載しなければならない。しかし厚生省からは「乳酸菌飲料」に変更するについて同社を最優先すること、そのために暫定措置としてヤクルト本社の所在地名称を記載することもやむをえないという指示があった。
当時のヤクルトの瓶には三十、四十五、五十、六十五mlの四種類があったが、キャップは他の乳酸菌飲料同様二十三.四mmだった。省令は昭和四十四年九月二十九日公布、六ヵ月の猶予期間の後昭和四十五年四月一日に施行された。この間会員は鋭意努力したので無事表示改正を完了することが出来た。これは公示以前に指導当局から内容の説明があったから出来たのである。
ちなみにヤクルトが瓶から今のような樹脂容器に変わったのは昭和四十三年八月頃からで、数年をかけて切り替えられたと記憶している。

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ついで同じく昭和四十四年十月には人口甘味料チクロ(サイクラミン酸カルシウム、サイクラミン酸ナトリウム)の発がん性問題が浮上してきた。厚生省は十月二十九日に 「人口甘味料チクロ 」の使用禁止を通達し 、十一月十日実施を決めた。食品業界、乳業界は混乱を極め、乳業メーカーからは牛乳キャップの製造を見合わせるなどの指示が殺到した。この件にも業界上げて対応したが、昭和四十四年から四十五年にかけては次から次へ改版作業を余儀なくされた一年であった。

昭和四十八年三月三十一日にも表示に関係する乳等省令の改正があった。今、手元にガリ版刷りの厚生省環境衛生局長の通知の写しが残っている。

グラフ通知では、当時、乳等の品質、表示等に対する消費者の関心が高まる一方、加工乳のあり方について、消費者、生産者双方から種々の問題が提議されていると指摘している。つまり昭和三十年代から引き続き、年々乳等の生産は拡大していたが、当時昭和四十年代後半には飲用牛乳の生産量の伸びは年率十パーセント前後に達していた。一方で、それまで高い伸びを示していた加工乳は昭和四十六年を境に生産量が減少に転じた。この時の改正の趣旨は、当時の生乳需給の状況から、加工乳は牛乳に代わるべきものであるが、「加工乳についてもなるべく生乳の本質を損なわないものとし、その原料として濃縮乳の使用を認め、また、加工乳に使用する原料の範囲を明確にし、さらに表示事項を整備する…」というものであった。

改正の要点は六つあったが主なものは、第一に濃縮乳の定義を牛乳又は特別牛乳を濃縮したものとして、成分規格、保存方法の基準、他物の混入を認めないこと、表示の規定などを定め加工乳の原料として使用できることとした。

次に加工乳については、牛乳になるべく近いものにするため使用する原料を、水、生乳、特別牛乳、脱脂乳、全粉乳、脱脂粉乳、濃縮乳、無糖れん乳、クリーム及びバター(添加物を使用しないもの)に限るとし、微量栄養素の使用を禁止した。また 「牛乳 」との区別を明確にするため、使用した主要な原料名を表示させるとともに、加工乳という種類別の文字を十.五ポイント(飲用乳の公正競争規約では十四ポイント=四.五mm角以上)で、かつ、商品名と同等又はそれ以上の大きさで表示することとした。

ちなみに、このときの省令改正では食品衛生法の改正に伴いそれまでの「標示」という標記を「表示」に改めている。

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環境衛生局長の通知には、「加工乳に関する今回の改正は、加工乳を牛乳になるべく近いものにするためのものであり、微量栄養素の添加を認めないこととするとともに使用できる原料を明確にしたが、できるだけ生乳の使用割合を多くすること、生乳以外の原料にあっては濃縮乳を主体とすることを指導すること。また、このような趣旨から使用した主要な原料名を表示させることとしたものであり、原料名の記載に当たっては、配合割合の多いものから順に記載するよう指導すること。」とあった。
この改正により乳業会社は加工乳の主要原料名を表示することになった。しかしその時々の生乳の需給によって一品種の加工乳であっても何種類もの主原料の組み合わせがある。当時協会はこれに対応するため、大手各社の主要原料の組み合わせを調査し、タイプ別に一覧表をまとめた。そして牛乳キャップ受発注の際、協会会員と乳業会社の混乱を避けるために、主要原材料別にA〜Sまでの十九のタイプに分類し呼称とした。以下がそのタイプである。

1. 生乳、全粉乳、脱脂粉乳、クリーム
2. 生乳、脱脂粉乳、全粉乳、バター
3. 生乳、脱脂粉乳、クリーム
4. 生乳、全粉乳、脱脂粉乳、バター
5. 生乳、脱脂粉乳
6. 生乳、脱脂粉乳、バター
7. 生乳、濃縮乳、全粉乳
8. 生乳、全粉乳、脱脂粉乳、バター、クリーム
9. 生乳、全粉乳、バター、クリーム
10. 生乳、濃縮乳、脱脂粉乳、バター、クリーム
11. 生乳、脱脂粉乳、バター、クリーム
12. 生乳、全粉乳、クリーム
写真13. 生乳、クリーム、脱脂粉乳
14. 生乳、脱脂粉乳、全粉乳、バター、クリーム
15. 生乳、脱脂粉乳、バター、全粉乳
16. 生乳、脱脂粉乳、クリーム、全粉乳
17. 生乳、全粉乳、クリーム、脱脂粉乳
18. 生乳、脱脂粉乳、バター、クリーム、全粉乳
19. 生乳、全粉乳、バター、脱脂粉乳

会員はこの呼称統一への協力を各得意先乳業会社に要請した。同時に新加工乳表示に変更したキャップの納入に当たって使用する、協会統一ラベルを作成した。当時紙キャップの包装は内装ポリ袋に五百枚/筒×十本、もしくは千枚/筒×十本を入れ、それを何袋かまとめて段ボールに入れていたのだが、キャップに表示された原材料名では小さくて見分けがつきにくい。ポリ袋毎にこの品名、タイプを記載した協会の統一ラベルを入れ、遺漏のない様に心がけたのである。主要原材料別の呼称統一の件については大手各社生産部の理解が得られ、協会会員は統一ラベルを使用したので、加工乳の新表示移行については大きな混乱もなく処理できたと記憶している。

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昭和四十二年二月二十四日開催の理事会において、協会の名称を社団法人日本牛乳キャップ協会から社団法人全国乳栓容器協会に変更する案が可決され、ついで同年四月二十五日に開催された通常総会で名称変更を含む定款変更案が承認されたことはすでに述べた。この名称変更には次のような背景があった。
昭和三十七年 、日本テトラパック株式会社が設立され、昭和三十九年には十條製紙株式会社が紙容器の製造販売を開始した。当時の乳業会社は当然瓶装ラインが最盛期であった。昭和三十三年六月三十日に改正された乳等省令では、牛乳等の容器にガラス瓶以外の容器を使用するときには、厚生大臣に例外容器の申請をして承認を得なければならなかった。そのため紙容器の普及は急速には進展しなかったが、メーカーが例外容器申請を行い、これが徐々に認可されてくると、紙容器が市場に出回るようになった。
しかも、当時はカー、クーラー、カラーテレビのいわゆる三Cに代表されるように、消費生活に重きをおくような流れだった。牛乳についても、それまでの日配からスーパーマーケットの出現により店頭販売が急成長し、大量消費の時代に入った。これに伴ない牛乳の容器包装形態も、瓶装から回収を必要としないワンウェイ容器である紙容器への注目が高まってきた。
昭和四十五年十一月十二日に開催された役員会でワンウェイ容器に関する事項がはじめて議題として取り上げられ、紙容器の動向調査などが話題にのぼった。当時の紙化率は六%程度であった。翌昭和四十六年一月十二日、日本食品衛生協会が主務研究者となって牛乳用紙容器の厚生規格に関する研究会が開催され、乳等省令改正についての検討がなされたが、この研究についての詳細な記録は残念ながら残っていない。しかし、後に昭和五十四年の乳等省令改正には生かされたものと思われる。

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昭和四十六年一月二十六日には農林省畜産局長から各都道府県知事に「飲用牛乳の流通合理化の推進について」という通達が発せられた。ここには、
1. 容器の大型化・ワンウェイ化の促進、
2. 隔日配達の採用普及、
3. 牛乳販売店の協業化の推進、
4. 店頭販売の拡大・集団飲用の促進、 などが盛り込まれている。
昭和四十六年六月二十九日、厚生省はポリ容器について牛乳関係十九件、乳酸菌飲料関係十三件の例外申請の認可を決めた。紙容器とポリ容器の例外申請認可によって、牛乳のワンウェイ容器化が一気に加速することになった。
一方、協会においてはワンウェイ容器(紙容器)関係の審議は進んでいなかったが、昭和四十九年四月二十九日に開催された通常総会で、独立化を含めた事務局のあり方と並んで、今後の協会運営方針として、ワンウェイ関係者ならびに紙コップ関係者などの会員勧誘について審議検討するという事業計画案が承認され、理事会に付託された。
翌昭和五十年四月二十三日開催の通常総会においては、前年度に承認された事務局独立化と、ワンウェイ容器関係者及び紙コップ関係者などの協会会員勧誘を具体的に実施するために、小委員会を設置する事業計画が承認された。これをもって設立以来牛乳キャップ関係者のみで構成されていた当協会は、新たに紙容器関係、紙コップ関係者を加え、牛乳等の容器包装全体を視野においた協会に発展してゆくことになったのである。
さて、新会員の勧誘にあたっては、当時の事務局は、全国乳栓容器協会定款上の新会員加入に関する事項の検討。勧誘する会員の検討。組織や役員の変更検討。さらに、事務局問題、資産問題、運営資金問題、会議や事業活動の計画立案などに忙殺されることになった。当時、総論で賛成であっても、各論では必ずしも意見が一致しない会員も多く、その調整に費やした労力は並大抵ではなかった。
次回以降、当時のことをもう少し詳しく書いてみようと思う。

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写真昭和五十一年十二月、当時の浅野武矩理事長と事務局は、過去の総会及び役員会で承認されている、ワンウェイ関係者、紙コップ関係者を会員に勧誘する件について、厚生省乳肉衛生課長と、業界に精通している食糧タイムス社山本社長を交えて協議した。その結果、

一. 定款上当該関係者を加入させることは問題ない。
二. 乳等容器関係にポイントをおいて組織会員を拡大すること。
三. 準備折衝は、具体的企画は理事長、山本社長が行うこと。

という三点が確認された。この協議に基づき、まず山本社長がワンウェイ業者に面談し意向を確認することになった。
昭和五十二年一月二十七日に開催された役員会は浅野理事長が病気のため、弘野理事を理事長代行として開催された。その席で山本社長の面談結果が事務局から報告された。その結果は、面談できなかった会社が数社あったものの、十條製紙をはじめとする多数は加入の意思があるか、若しくは大勢に従うとのことだった。また、山本社長からの報告では、今後は当協会の代表がワンウェイ業界と直接交渉することになるとの内容だった。
さらに浅野理事長の、具体的に加入を推進するために、当協会側の担当役員を選定し、次期の定期総会で承認していただきたいという意向が補足説明された。理事長の意向に沿って担当役員として、株式会社尚山堂 浅野勉 (浅野武矩代理)、株式会社酪農社 山岸七郎の二氏が決定した。
この役員会では他に勧誘対象を容器を扱っている会社に限定すること、それまでの協会財産の取り扱いについて明確にする必要があること、などの意見が出た。
その後浅野勉、山岸七郎両担当役員と事務局が協議して「乳栓容器協会組織拡大日程(案)と「ワンウェイ業者勧誘私案」を作成した。両案は昭和五十二年二月二十四日開催の役員会で浅野勉担当役員から報告された。
その概要は、今日、ワンウェイ関係者においても容器包装の衛生性を保持するため、法令など必要な諸事項を熟知するために厚生省と連絡を図れる団体を組織化したいという機運がある。
しかし、厚生省の管轄では既に当協会が存在し、その定款上ワンウェイ関係者も加入できるようになっている。定款については逐条検討したが、ワンウェイ関係者の加入に関連する条項には、
(一) 事務所所在(第二条)
(二) 会員資格(第五条)
(三) 会費(第六条)
(四) 新規加入(第七条)
(五) 役員とその任期(第十一条、十三条)
(六) 賛助会員(第十六条)
(七) 会議と部会組織(第十八条)
(八) 会員代行者と理事代行者(第十九条)
(九) 資産と経費支弁(第三十一条、三十三条)
などが該当する。
しかし、いずれの条項も問題なく、定款変更、役員変更、事務所移転などをすることなしに、ワンウェイ関係者の加入は可能であること、また資産についても現会員の意向にそった処分が可能であると思料される。
かかる状況に鑑み、理事長、食糧タイムス山本社長からワンウェイ関係者の意向を打診したところ、ワンウェイ関係者側も当協会に加入したい意向を持っていることがわかった。

以上の結果から、ワンウェイ関係者問題は四月二十三日の定時総会で承認し、五月一日付で入会が可能と思料されるという内容であった。

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役員会では 「ワンウェイ業者勧誘私案 」の説明に関して、各役員から質問があった。おもにこれまでの協会の資産に関するもので、

第一は協会の会計年度及び監査の有無、資産の所有について、
第二に紙栓部会単独の資産所有は可能か、
第三が今年度末の繰越金見込み額についてであった。
これに対して事務局は以下のように回答した。

資産は社団法人全国乳栓容器協会の所有である。会計年度は毎年四月一日から三月三十一日までで、監査のために厚生省に決算報告、予算、年度事業計画書などを提出し指導監督を受けている。
これまでの協会資産を紙栓部会単独の固有資産として引き続き保持することは定款上困難である。
年度末の繰越額は四百万円程度を見込む。
この、事務局の説明後、役員から以下の提案があった。
(一)事務局の説明から判断して新規加入予定のワンウェイ関係者は心情的には現有資産を紙栓部会の資産と理解してくれるものと思料する。ただし、資産を紙栓部会の固有資産として保持していくことは困難である。また現有資産を今年度内に処理することは事業計画上も、また時間的制約の上からも困難である。従って次年度事業計画で、紙栓部会に助成した事業、例えば海外牛乳事情視察など実施して、繰越金を処理できないだろうか。
(二)次年度繰越金が四百万円の見込みとすれば、現会員二十社の一社あたりは二十万円になる。新規加入のワンウェイ関係者には入会金として二十万円を負担してもらい、来年度は紙栓、ワンウェイ双方の会員から会費を徴収せず、入会金と繰越金で会を運営することにしたらどうか。

この提案について審議をした結果、
(一) 「ワンウェイ業者勧誘私案 」の大綱を了解し、ワンウェイ関係者の入会を認める。
(二)資産については以下のとおりとする。
 (イ) 入会金を一社二十万円とし、昭和五十二年度は全会員から会費を徴収しない。
 (ロ) (イ)案が困難な場合は、ワンウェイ関係者の入会金は七万円、年会費は一律七万円とする。また、昭和五十二年度事業計画に、海外牛乳包装状況視察など、現会員にのみ適用する事業を盛り込むことを承認する。

以上の案をもって、三月八日、日比谷松本楼でワンウェイ関係者との懇談会に臨むことにしたが、前日の三月七日、乳肉衛生課の指導を受けたところ、 「定款どおり会員は年会費を支払うべきである。心情的には理解するが、協会の法人としての性格から、紙栓会員にのみ適用される事業計画は望ましくない 」とのことだった。

役員会は急遽再検討し、現有資産に対して新規入会の会員には、来年度以降必要な時期に相応の金額を協賛金(寄付金)の名目で拠出願うという案で対処することになった。
三月八日、日比谷松本楼にはワンウェイ関係者九社、協会全理事七社が出席し、懇談会が開催された。

懇談会では協会側から定款内容を説明し、次いで繰越金問題について言及したところ、ワンウェイ関係者側も協会の意向に理解を示された。
席上、ワンウェイ関係の入会希望者を三月三十一日までに十條製紙(現在の日本紙パック)が取りまとめることが申し合わされた。
このようにして社団法人全国乳栓容器協会に牛乳瓶のキャップ業界とワンウェイ容器の業界が一体となる、新たな第一歩がスタートしたのである。

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このとき協会が勧誘したワンウェイ業者は、十條製紙、日本テトラパック、大日本印刷、凸版印刷、ケーパック、山陽国策パルプ、日本ツーパック、トーエーパック、イズミディリー、石塚硝子(またはアイピーアイ)、シールキングの十一社だった。このうち先の懇談会で入会のまとめ役をお願いしていた十條製紙を通じて、昭和五十二年四月一日付で入会の申し込みがあったのは、十條製紙株式会社(代表者:佐藤正義)、日本テトラパック株式会社(代表者:バーテル ハグマン)、株式会社ケーパック(代表者:上川幸作)、山陽国策パルプ株式会社(代表者:池田俊一郎)、トーエーパック株式会社(代表者:坪井敬)の五社だった。

この五社については四月七日開催の理事会で入会が承認されたが、協会組織が大きく変わることでもあり、あらためて四月二十三日に開催予定の定期総会に、「新規会員入会承諾及び専門部会設置案」を議案として上程することに決定した。

この昭和五十二年度定期総会でワンウェイ関係五社の入会に至る折衝の経過、定款上の関連について詳細に説明した結果、昭和五十二年五月一日付で新規会員の入会が正式に承認された。同時に新規会員の入会に伴い、新旧会員では製造品目が異なることから、定款三条に定めた協会の目的を達成するために、「紙栓部会(仮称)」と「ワンウェイ部会(仮称)」の二つの専門部会を設置することが承認された。その具体的な内容は、
一、紙栓部会はこれまでの会員をもって構成する。
二、ワンウェイ部会は新規入会の会員及び現会員で入部会を希望する会員をもって構成する。
三、部会長は各1名選出(理事の兼務が望ましい)
四、経費は事業費から各部会へ運営補助費を交付
五、部会長は部会議事録と運営補助費使途明細書を理事会に提出報告する、などである。
また、新入会員の入会金と会費については、先述の経緯を詳細に説明し、昭和五十二年度予算案では入会金一社七万円、会費全会員一律七万円が承認可決された。

尚、その後六月二十四日に開催された理事会で部会組織と部会長選任が審議され、紙栓部会の部会長には稲葉幸一氏(三陽紙器)、ワンウェイ容器の部会長には佐藤正義氏(十條製紙)が選任された。

いよいよ、牛乳容器包装について壜装のキャップと、ワンウェイ容器(紙容器)が揃い、名実共に全国乳栓容器協会が再スタートする要件が出来たのである。その後、今回勧誘して未入会であった会社のほかに紙コップ関係の会社についても継続して勧誘した結果、順次入会の申し込みをされる会社が現れた。これらの会社は理事会の承認を経て入会し、協会活動に参画、業界の発展に寄与することとなった。のちに入会された会員と入会日は以下の通りである。(BIBはバッグインボックスの略)
・株式会社イズミデーリーサプライヤー
(紙容器、昭和五十三年十一月十七日)
・凸版印刷株式会社
(紙容器・紙コップ、昭和五十四年一月十七日)
・神埼成形株式会社
(紙容器・紙コップ、昭和五十四年一月十七日)
・富士紙器株式会社
(紙コップ、昭和五十四年一月十七日)
・東罐興業株式会社
(紙コップ、昭和五十四年四月十八日)
・大日本印刷株式会社
(紙容器・紙コップ、昭和五十四年四月十八日)
・本州製紙株式会社
(紙コップ、昭和五十四年九月十八日)
・日産樹脂株式会社
(BIB容器、昭和五十六年九月一日)
・日本マタイ株式会社
(BIB容器、昭和五十六年九月一日)
・アイピーアイ株式会社
(紙容器、昭和五十六年十二月十七日)
・藤森工業株式会社
(BIB容器、昭和五十八年九月二十五日)

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昭和五十二年七月二十一日、厚生省乳業肉衛生課担当官から、今回、ワンウェイ部会の設置も出来たことでもあり、協会として自主規格制定を検討してほしいと内々の話があった。

翌月八月十六日には乳肉衛生課長、同課担当技官からあらためて話があり、牛乳容器、特に紙容器の技術的な課題に取り組むため、協会組織の強化と財政の確立に努めてほしいとのことだった。厚生省としても技術的な問題には積極的に乗り出すので、是非紙容器の自主規格制定を急いでほしいという意向だった。ここには内面ポリエチレンの安全性について早急に検討してほしいという内意が含まれていた。

協会としてワンウェイ容器の規格基準を作ることは、従来からのキャップメーカーの会員との関係もあるが、時代の流れもあり、また協会財政面の強化につながることでもある。省としてもたち迫った事情もあるので、早急に処理してほしいと重ねて要請された。そのために必要であれば未入会の容器業者について、省として協会のために助言しても良いとのことだった。

厚生省の要請を受け、協会はワンウェイ容器(紙容器)の自主規格について専門部会を設置して審議することになり、未入会の業者に対しても審議に加わるよう、入会要請を加速した。

一方、九月二十四日の日付で、全国乳栓容器協会浅野勉会長あてに、神戸市長宮崎辰雄名で「牛乳の包装(紙容器)の適正化について(要望)」という文書が届いた。その内容は、

「神戸市は消費者保護の見地から、消費者包装(消費者が手にしたときの包装容器)の適正化を進めているが、市民から、牛乳の1L、900ml、500mlの紙容器(ピュアパック、テトラパック、トーエイパック等)が開けにくいという指摘があった。牛乳容器の開けやすさは内容物の保護とも関連するが、実態の把握と必要な改良について検討してほしい。またこの要望に対する調査結果(紙容器の種類、紙質と接着剤などの特徴及び各社別の紙容器のシェアなど)を一ヶ月以内に文書で回答して欲しい」というものであった。

上の文書は同時に社団法人全国牛乳協会にも送付されていたため、両協会が共同で対応に当たることになった。これがワンウェイ部会の初仕事となり、十月二十日には全国乳栓容器協会会長浅野勉、全国牛乳協会会長藤見敬譲連名で神戸市長に「牛乳の包装(紙容器)について」として回答が送付された。

回答書では、まず@牛乳処理メーカーが紙容器提携先から充填機を購入する。A容器メーカーが牛乳処理メーカーに指定デザインの容器を納入する。B牛乳処理メーカーは容器を底づけ、充填、topづけし、製造年月日を記した後出荷する、というプロセスを紹介し、次に底づけ、topづけは内外面にコーティングしたポリエチレンを熱で溶解し接着するという容器成形のメカニズムを説明している。さらに洩れ防止に関する熱管理、シール技術と開封性について言及し、乳処理メーカーと容器メーカーに、両者が緊密な管理を行なうように指示したことが記載されている。  

この神戸市の要望書が発端となり、未入会の紙容器各社は順次入会し、自主基準並びに抗接着剤に関する検討の機運が高まってきたのである。

明けて昭和五十三年には協会役員改選、乳等省令改正審議、容器包装例外容器承認制度の再検討、そして自主基準制定の審議が開始されることになるのである。

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乳栓容器へ -12-

ここ当時、急速に発展して来た食品紙容器は、「時代の要求の申し子」などと呼ばれて、なかでも牛乳、飲料などの流通形態は、紙容器の普及によって根本から変革をせまられた。

紙容器の導入は、乳業メーカーが先陣をきった形で幅広く使われ始め、用途も多様化していった。前年昭和五十二年にワンウエイ容器メーカー五社が当協会に加入したことによって、協会の組織も大きく変わった。更に協会を発展させるため、昭和五十三年四月二十二日開催の定期総会では、通常議題の外に重要議題である「役員改選」の審議が加わった。

この役員改選で浅野武矩理事長(尚山堂会長・故人)が病気療養中のため、辞任を申し出た。浅野理事長は協会創立以前、昭和十六年頃から「牛乳キャップ同業会」を作り、常に業界のリーダーとして尽力して来られた。当時は戦時統制経済下で、それまで牛乳瓶のふたの主流であった王冠が、金属配給統制により原料調達に齟齬をきたすようになった。紙キャップはそれまでにも使用されていたが、金属統制を機に、牛乳瓶のふたとして本格的に使用されるようになったわけである。

浅野武矩理事長の辞任を受け新理事長には浅野勉氏(尚山堂社長、武矩氏二男)が選任された。またワンウエイ容器メーカー側から新たに佐藤正義(十條製紙)、八重樫鉄男(日本テトラパック)の二氏が理事に加わった。

従来、乳栓業者だけの団体だった協会は、牛乳容器革命時代に即した歴史的発展を遂げ、名実共に牛乳容器を代表する団体組織が構築された。

浅野勉新理事長は就任挨拶の抱負の中で、「会社の規模も経営思想も異なるワンウエイ容器業界と紙栓業界とが牛乳衛生を守るという一つの目的のために一体となり、新たな活動を展開して行く責任の重さ感じる」と述べた。浅野勉氏はその後平成十六年に第三代の臼井征之会長にバトンをタッチするまで、二十五年の長きにわたって理事長、会長職を勤められることになるが、浅野勉氏の終始一貫した精神は、「牛乳本体には表示ができない。紙キャップ並び紙容器は、牛乳に替わって表示することによって消費者に貢献する。協会はとかく個々の利害にとらわれがちな異なった企業の集団だが、常に牛乳容器の衛生的見地に立って当会を運営することで協会がまとまる。それが当会の最大の目的である」というものであった。

新しく選任された理事は次の通りである。

理事長  浅野勉 (尚山堂)
理事   弘野長三郎 (弘野牛乳用品)
  〃   稲葉幸一 (三陽紙器)
  〃   小林英雄 (東洋キャップ製造)
  〃   山岸七郎 (酪農社)
  〃   佐藤正義 (十條製紙)
  〃   八重樫鉄男 (日本テトラパック)
監事   高橋栄一郎 (扶桑紙器)
  〃   吉峰清継 (東洋産業)

昭和五十三年九月に入り、当協会の新体制が出来上がるとともに、厚生省から乳等省令改正に向けて容器包装例外承認制度の再検討、及び乳等容器の規格基準化と当協会の受入態勢について、早急に検討するよう要請があった。

厚生省の要請に対し、協会は直ちに役員会を開き技術委員会(仮称)を設置を決定した。技術委員会の座長には十條製紙、日本テトラパックを指名して承認した。

九月二十八日、技術委員会は会員に加え未加入のワンウエイ関係会社も招聘して開催された。この席で、厚生省衛生専門官、同技官から「容器包装例外承認制度の再検討及び規格基準化について」趣旨の説明があった。

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